『アメリカン・スナイパー』
( American Sniper)(2014年)
本作は悲しみや生きづらさしか描いていない。虚構創作する経過において、現実の出来事を事象として幕引きが定まったことにより、そのテーマはより明確化した。仮にその出来事が起きなかったとしても、退役軍人たちの心理に寄り添い、ただの英雄を扱った上でもその後の内外によりテーマを具現化させたものと思うが、より明確化した形で結論付けられたことは、ただただ果てしない。とんでもない映画だった。
歴史上の出来事として教科書でなぞる知識とも違う、虚構創作が虚構創作される価値の凄み。
個人的にイーストウッド監督は反戦のイメージが強いので、それでも保守派からの賛否両論になるというのは創作活動が晒される的とは社会的に難しいものだなと思わされた。基本的な印象として、虚構創作において反戦というテーマを真面目に描くだけでは重いだけのつまらない作品性になりがちで、重いテーマだからこそ魅力的に仕上げる虚構創作の意義を感じられる作品は少なく、つまりエンタメにもなり得ない質だからこそただのプロパガンダに終わる失敗作のようなその認識を大きく上書きされた本作は、誤解を恐れずに言うと個人的に物凄く面白かった。いかにテーマ性を誤解され、政治的な扱われ方をしようとも、決して揺らぐことのない映画としての面白さと作品の強さ、ここのモチーフを取りながら描くテーマはそれ、バランス感覚と作り上げた完成度、適切で素晴らしい創作意欲と正常な判断があり、当時80歳を超えた監督とは思えない凄まじさ。
反戦テーマで描く場合には作品性は重くなりがちだし、戦争賛美や愛国心をメインにすれば作品性は軽くなりがちで、本作がそのどちらに傾いているのか、そして傾かずに完璧に保つ作品性が放つ素晴らしさは何なのか。それを見ようとする正常な感受性があれば、本作はテーマの賛否がどうの政治性がどうのの前に恐ろしいほどに優れた作品であるということだけが分かる。そんな作品を前にして、政治性がどうだとかだけで作品を語るのは個人的には虚構創作に対する冒涜に感じる。面白かった、だけどテーマは受け付けない、とかならまだわかる、面白くなかった、だってテーマが受け付けない、という人は虚構創作を楽しむ素養が少し足りない、話はそこからだ。
本作はアメリカ海軍特殊部隊Navy SEALsの中でも<伝説>と謳われる狙撃手として戦果を挙げたクリス・カイルの人生を描いた伝記映画であり、本人の自伝をもとにクリント・イーストウッド監督、主演ブラッドリー・クーパーによって製作された。
自伝は2012年に出版、同年中にワーナー・ブラザーズが権利を獲得。2013年2月2日に悲劇が起き、同年スティーヴン・スピルバーグが監督することになったと報道が出たが、8月21日にクリント・イーストウッドが監督を務めることが発表された、という時系列らしい。
幼少期のクリス・カイルは父親から狩猟を通して、現実における三つのポジションについて教わる。襲われる羊、襲う狼、守る番犬。命、それぞれの能力と役割、それを一緒に聞いて育った弟と共にテキサスに生まれるが、その運命に関しては父親にも教わることはなかった。米国大使館爆破事件をきっかけにカイルは海軍へ志願し、心身ともに厳しい訓練を破して特殊部隊SEALsに配属されるし、アメリカ同時多発テロ事件が勃発、国を挙げての戦争が始まり、カイルは結婚したばかりの妻を残して戦地に派遣されていく。4度派遣され、1000日ほどで160人を射殺した彼が、仲間と共に前線から持ち帰るもの。
まず冒頭から上手い。戦地にて武器を持った民間人と思われる子供や女性を米軍に近づけないように、撃つのか、撃たないのか、その判断が狙撃手である主人公に委ねられるその緊張感から始まる。この冒頭だけで、彼らがいかに瞬間的な緊張状態に置かれているのかが分かるし、本作全体の密度はすべてここから始まる。
主人公が狙撃手としてその戦功を挙げるたびに自軍からは伝説や英雄扱いされることに比例して、敵軍には悪魔呼ばわりされて賞金首扱い。
相手側のチームにも元五輪選手の凄腕の狙撃手がおり、仲間が何人もやられ、ついにカイルの友人まで銃撃される。それぞれの射殺を任務にした最終局面の緊張感と、相手側にはそれぞれ標的になり懸賞金すらかけられる危険人物で忌むべき存在になること。そしてそんな彼らにも、家には家族がおり、もしかすれば見えない相手も内側の混沌から日常に帰れず、心から帰って来て、なぜあなたが戦うのと懇願される有様のどこにも平穏は無いかも知れない、とありありと思わせる双方の描き方が上手い。
アルカイダのナンバー2であるザルカヴィのさらに部下が本作の敵対陣営の有力者として扱われる。日本人人質事件の記憶なんかも呼び起こされるような私でも知る人物の名前が出てきて、やはりisの前身になるような人たちなので、その行いは残虐で見ているのがきつい場面も登場するし、本作はR指定にもなっている。彼らは羊である民間人も平気で襲うし、女子供を使って米軍に対して自爆行為を指示することもいとわない。そんな狼たちを前に戦う番犬たる米軍たちを、本作は強く輝かしく誇らしくのみ描いているわけではない。彼らは番犬たるが故にどんどん奪われ、狙われ、疲弊していく。そこが反戦のイメージがある監督がモチーフとして英雄を扱ってこそ描き切ったテーマだ。番犬は戦う、だから傷つく、そして日常にも帰れない。
任務を達成したが、その上で生きて帰らねばならない。その状況の砂嵐、1秒の絶望と長さ、あの場面の絶望や緊張感は物凄く、映像作品であるのに、だからこそ、あの兵士の視界と心地が描ける、物凄い場面だった。
そんな戦地へ行った兵士たちの心の問題が表面化し、英雄の目すら虚ろ。物音や変化に敏感になるほどの死地での経験則や緊張感、少しでも気を抜けば殺され、仲間が危険にさらされるからこそ、その判断はやるかやられるかになる。子供を襲った犬への対処や危機感は、平時であれば病的に思えるが、戦地ではそれだけの緊張感と危機感が兵士たちにあったことが分かる。対象に対する行動の攻撃性や、一歩遅ければ手遅れになる防衛性が思われる。けれど子供を襲った犬は、勿論狼ではない、犬だ。
戦争には勝ったとしても、生き残った兵士たちですら傷を負って決して無事ではない。続いていく現実には、失われた日常や平穏。国のために戦っていても、家族にすら不安がられる。外で戦う彼らを助けるものは何もない。そして友や人員がやられる、進むたび、増えるたびに、引けなくもなる。誰かがやらねばならないし、その能力があるものが動くべきという責任感は、まるっとアメリカの自己評価と自意識。これは紛れもないアメリカの物語。
英雄のモチーフを扱いながらも描くテーマは悲哀、そしてそれは勿論アメリアを指すのだろうし、つまり戦争を指す。個人的な主義思想を挟む余地はないほどに、虚構創作としてのバランスや密度、そしてテーマにむしろ沿って行った結末が、現実の是非でもなく、ただ作り上げられた一個の作品として、にわかに完璧だろう。恐ろしいくらいだと思う、創作を現実が完成させたようなもの、賛美はしていない、戦争も武力行使も殺害も全ての暴力は糾弾されるべき、つまりそれらは似通う。この作品は正当化の為の英雄賛美でも無い、テーマの体現かのような終着を愉悦するでも無い、ただ起きてしまった、だから成すべきが成された、そして結果的にそれらは完璧に相成った。
私が見ているものは作品で、そこには確かに幸福があり、苦悩があり、そうした物語があるが、現実とは違うからこそ、虚構創作はどんな価値にも作ることが出来、重すぎる現実を扱ってもなお、どれ程の密度や完成度をも目指せる、それを改めて感じさせてくれた一作。
これが虚構創作される価値と、この完成度で創作されることの価値。
イラク戦争も、アフガニスタンやシリアについても、混沌とした人類問題として続き、政治の判断や上位の判断とはまた別の、緊迫した現場で戦い続ける人間がこそ傷つき続ける現実は、絶えず人類が晒し続けている切迫した現実だ。
虚構創作の価値の一種に体感と拡散があり、その受動がいかにして理知に昇華され感的に個人にまつわるのか、という価値を思わされる。知見し、経験すればそれが価値とも思えず、仮に勝利すれば単純な快活というわけでもない。
生き残った兵士や勝ち得たはずの指導者たちを悩ませるもの、終結させたからこそ得られたもの、被ったもの、その現実や死地を知って帯びた苦悩。
虚構創作と現実は違うが、理想と現実も違えば、思想と現実も異なるし、悲壮すら現実とは異なるが、どれも感情が生きていることに他ならず、絶えず人類は現実だ。
特に日本人からすると、アメリカが抱える戦争やテロとの戦いにおけるジレンマは遠すぎるので、フィクションでもふれられやすいことは価値だとも思うし、そんな私たちの日常とも生活ともおよそ関係がないことだけれども、間違いなく人類の出来事、そしてこの世界のテーマであり、起きてしまった現実
自衛のための戦いが起きる世界であることがまず不幸。それが人に生まれた不幸なのかもしれないなら、人類は最初から不幸を抱えていることにもなるが、それでも生きていく力とそうして生まれる命や人類性には希望の構築性があると思いたい私からすれば、戦ったから傷ついた者たちの物語というフラット、そして傷ついて身を寄せた者同士のはずだった間で起きた悲劇はひどく悲しい。
テーマ性、題材性、虚構性、社会性、創作性、映像性、商業性、果てはエンタメ性まで、
減点一切無し、文句無し、満点。
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テーマ性も完成度、映画としての魅力が素晴らしい、非常におすすめだし、アマプラでも見られるのでぜひ!
私は経緯を知らずに見て、鑑賞後調べて以下のページなども見ました。よければ補足にどうぞ。
英雄譚なんてまさかまさか、鎮魂歌ですよね。素晴らしいです。
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