<English Summary>
This article analyzes There Will Be Blood (2007), focusing on its portrayal of ambition, isolation, and the destructive nature of success.
It also functions as There Will Be Blood explained, offering a clear interpretation of the story, including what happens in the narrative and how the ending reflects the protagonist’s psychological collapse. By examining the film as a narrative that connects cinema and world literature, the article explores how the motifs of oil and blood symbolize human desire and violence. Drawing on elements of experimental fiction and avant-garde storytelling, the film reveals both the power and the limits of representing extreme individualism through cinematic form.
本記事では『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』(2007)を分析し、野心、孤独、そして成功の破壊的性質に焦点を当てる。
また本稿は物語の展開や結末が主人公の精神的崩壊をどのように示しているのかを明確に解釈する解説としての役割も持つ。さらに本作を映画と世界文学を接続する物語として捉え、石油と血というモチーフが人間の欲望と暴力をどのように象徴しているのかを考察する。実験的フィクションや前衛的語りの要素を踏まえつつ、本作は極端な個人主義を映像化する力と限界の両方を明らかにしている
(2007)
原作小説が「OIL!」であるのに対し、映画原題は「There Will Be Blood」、
本作のモチーフに石油と血のリンクがあり、噴き出る油と血の描写が全体にはびこっていて、主人公・ダニエルは血と油にまみれた強烈な人生を、力強くこれでもかと鑑賞者に見せつける。二時間半を長時間には一切感じないし、でもこれは何を見せつけられているのか?という強烈な謎と疑問を持ちながら、鑑賞者は彼の圧倒的な人生を見続ける。
冒頭の彼は採掘現場の最先端、最下層の現場で作業員であったところから一気に成り上がり、その果ての姿を見せてくれ、「i’m finished」と締めくくる。物凄い密度の人生と作品の完成度。
ある男の成功と孤独を描いた意味では『ウルフ・オブ・ウォールストリート』、ミルクシェイク映画としては『ファウンダー ハンバーガー帝国のヒミツ』とも比較できるが、重厚さが段違いで画面作り一つをとっても全場面に緊張感があり、軽薄さのかけらもない美学で固めた本作の格の違いは創作的完成度に表れる。そして重い凄まじさが魅力的に仕上がるのだから、虚構性とは何かを改めて考える。
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えっ?この映画何なの?
面白いの?つまらないの?
危険とリスクと金とロマン、男性が好きそうな映画だが、本作はそんなものでは終わらないし、
女や狂乱の甘さや艶は出てこない、成功の夢にうつつを抜かす楽しさや豊かさは本作には皆無。
「しけた顔をするな! 足元に広がってるのは原油の海なんだぞ」
現場の危険や困難、大事件の際にも主人公の行動力と力強さが凄いし、一生目に焼きつくだろう光景を、油と汗にまみれた彼は目を離さず見ていた。
行動力が誤った凶暴に左右される時の怖さが私にはホラー映画のようで怖かったが、観終わってから本作のジャンルがホラーだと知って、安心し納得した。本作は連続殺人鬼もゾンビも現れないのだが、人間性に宿るものとしては結構レベルの高い狂気が見られる。
非常に鋭利で、何をするかわからない男の物語だった。
舞台は20世紀初頭のアメリカ西部。ダニエル・プレインヴュー(ダニエル・デイ=ルイス)は幼い息子を伴って油田ビジネスに精を出しており、自分の牧場に石油の兆候があると誘う青年ポールと出会う。彼の双子の兄イーライと交渉し、貧しいそのー家から採掘権を買い取り、海へのパイプラインを繋ぐために周辺住民を納得させ、採掘作業が開始。強烈に観客を引っ張っていく男の人生が崩れたのはまず、順調だった採掘現場の事故によって愛しい息子が聴力を失うところから始まる。
ほどなくして突如現れる腹違いの弟と名乗る男がダニエルの仕事を手伝いたいと申し出る、その男の荷物を漁って日記を見た息子が、夜眠る彼にオイルとマッチを使って火を点ける乱行に出て、ダニエルは仕方なく気が狂った息子をろう学校に入れるために出発前の列車に置き去りにする。
仕事を手伝うという話だった腹違いの弟とは海で泳いだり、女で遊んだりといった緩和から一転、ダニエルは彼を偽の弟だと気づき、射殺。土と油の中に死体を隠し、息子を呼び寄せ形式上の仲直りをする。
息子が聴覚を失った直後、弟に乗り換えるようにして息子を切り離すさまは非情で、肉親一人いればせめて幸福だと思えたが、息子を手放してから目の前の弟は偽物で本物は既に死んでいると知ると、絶望のままその人間を射殺して埋める、そして再び息子を迎え入れる。
成功者の孤独、飽くなき追求と欲求故に、家族を求めて他者は寄せ付けず、信頼できず無価値な他人への損得や役にたつホモソーシャルが強い。そしてそれを超える家族や肉親への執着だけが明確にある。
本作は、男の成功を描いてはいるが、ダニエルに女の影は一切描かれない。
腹違いの弟に誘われて彼が女と遊ぶ場面でも女に触れていないし、本作は極端に女性の登場が少ない。妹の行方を訪ねる場面は登場するが、それきりだし、ポール・イーライの妹のメアリーはダニエルの息子と結婚して家族を繋ぐが、ダニエルはここに感情を示す場面はない。
息子に対し「お前は孤児で私の息子ではない」と言ったのは強がりかと思ったが、実際に妻との思い出も何もなく、ただ子供を連れたビジネスマンなら仕事が進みやすいと前半小耳にはさんだのは本当かもしれず、事実はよくわからない。耳が聞こえなくなった息子は役に立たないから簡単に手放すように、彼にとって役に立たない他者への損得と即物的な力関係に生きた人間なのかもしれないし、その効率故の彼の成功と本作の緊張感が比例しているようにも思う。
彼にとって人生は獲得し成功をする場であるが故に、心血を注いできたものが無駄になる結果が我慢できないし、家族は注いでも無駄にはならないはずだったが、事故で聴力を失った息子は欠陥品となり、息子を手放したことは一生の傷として商売敵に笑われ、自分の汚点として晒され恥部となり、さらに反旗を翻される完全な損ないが許せない。
執着し続ける人生を選んだ自分に対し、ハンデを負った身で女や家族を選びながらも他社起業という反旗を翻す息子は、全て主人公が無用と切り捨てたものであり、そんな人間が成功するわけないし、成功すれば自分の否定になる、もうやり直しは利かない一生を正当化して生きるしかない、凄まじく生きた男の孤独がそこに感じられる。新しい時代を生きる息子が、稀に自分を超えていく心の準備なんかしておけよと思うのだが、男心は繊細で脆い。
お前のミルクシェイク
主人公の孤独と同じくらい明確に描かれるのが、現場作業員の危険と、経営陣の富と安全についてだ。ある意味でラストシーンでの「お前のミルクシェイクも俺が飲み干す」といった印象的な台詞は、場面と言葉通りに受け取れば、宣教師のくせに金に汚いイーハンが自分の土地の価値を誇るが、その周囲の土地を持つ自分とお前の弟のポールがすでに周囲の石油を頂いている、という意味で物理的な意味でつかわれるが、富を吸い上げる特権者としての愉悦と凶暴性が潜んでおり、多重的な意味を持つ。
本作の冒頭はダニエルが単身坑道を掘り進め、油田を掘り当てて採掘作業をする場面から始まるのだが、息子の事件の後からダニエルの現場仕事風景は一切描かれていないが、屋敷は大きく成功が続いていることがわかる。
息子は事故で聴力を失い、それ以外にも本作は現場作業員が不慮の事故や不注意を含めて、その身や生命を危険にさらし、時に奪われる場面が容赦なく描かれる。彼らがどれだけの金銭で雇われて行う労働者であるのかは説明されないが、経営者が払うリスクとは全く別のリスクを負って彼らが現場作業に当たることが淡々と撮影されていく。
ミルクシェイクの下りは、彼の原油や土地への価値観、他者や成功への価値観を端的に力強く、しかしコミカルに言い表した強烈なシーンとなっていて、創作的な補完とバランス配慮が絶妙であり、なぜその場面が私設ボーリング場なのかもよくわからないが、このホラー映画を締めくくるにふさわしい場面となっていて作品性が凄い。他人の血と油とミルクシェークを吸い上げてきたダニエルは、唯一家族には心血や時にミルクシェークすら注ぎ込んできたのだ、だけど孤独、だからこそやるせない。
ダニエルの息子はポールとイーハンの妹・メアリーと結婚しているので、双子の兄弟はダニエルの義理の家族ということになり、そのイーハンを手にかけることは、非情であるダニエルにしても初めてその手で家族を殺めたという事実に至り、彼は彼の仕事や野望や自尊心の為に多くの損得や感情的な言動をしてきたが、同時に強烈な執着を見せてきた”家族”の一人を殺めたことになる。それが形而上どんな重みを彼に持つのかは微妙ではあるものの、彼が「終わった」というのはそういう場面だ。
「お前が犯した罪の赦しを請え」
中盤ダニエルは、ビジネスの為に教徒として入信せねばならず、その協会をして一番の罪として、息子を手放したことを何度も大声で執拗に繰り返し発声させられる。この場面の鬼気迫る表情は凄い。
こんなにも徹底的に描かねばならなかったテーマとはなんだったのか、愛しさも安心もあったはずなのに、そこまでして尽くして得た成功や人生にはどんな価値があるのか。
そしてラストシーンに至るまで、この男の人生の鋭さと密度が一気に駆け抜けて目が離せない。
とんでもない映画であっけにとられた。
結局、面白かったのか、つまらなかったのか
第80回アカデミー賞で作品賞を含む8部門にノミネートされ、主演男優賞と撮影賞を受賞。
そりゃそうでしょうねという感じ、好みでは分かれるだろうし、商業性があるかと言われて改めて考えるとそれほど高くないかもしれない、明るく軽いエンタメとは確かに違う、けれど創作として見たときにこれが評価されないはずがないくらい強い魅力と威力がある。
個人的には、双子のポールとイーライの設定が分かりづらかったのと、そこまでの狂人に至ったダニエルの人となりや、ある意味で人間不信と渇望執着に強すぎる彼になった経緯の説明の1フーズや1カットでいいので、何かしら混ぜてくれたら一気に深まるのにな、とは思う。が、そういう気遣いすら本作からは排除されているので、ある種の密度や完成度は折り紙付き。ヒューマンドラマでは決してないが、人間の性や狂信が見られる映画。
主人公に共感しながら映画を観たい人には絶対に合わないし、人殺しや狂人が苦手なタイプの人も鑑賞しない方がいいかもしれないが、そういうのを許容するから面白い映画が見たいわ、って方にはお勧めできます。
男性的なロマンへの抗体や渇望がある人、わけわからない濃厚の中に意味を見出せる人、余白の美や狂人や狂態に真剣に向き合える人は、人生の味わい方も知っている、というところでしょうか。
個人的には以下のような男性的趣味の映画の方が好きなので私は楽しかった。



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