主人公は36歳、独身、女性、コンビニでアルバイトをしている、その歴18年。
「推し、燃ゆ」「星の子」に続いて発達障害気味の主人公がまた一人。読書再開後手に取った5冊中3冊に出てくるとは現代の小説の主人公は発達障害が流行りなのかしら、と思ってしまう冒頭から、しかし一気に読ませる作品の完成度は素晴らしかった。
子供のころの主人公はひどい。死んだ小鳥を見つけては晩御飯にしようと母親に持っていくし、ケンカしてる子二人を止めるためにスコップで殴りつけるし、ヒステリックでクラスのみんなを怖がらせる女性教師を黙らせるために教壇の上の彼女のスカートと下着を一気に下すなど、目的の達成のための合理性に基本的な社会性が存在しない。
両親や教師はそんな自分に「治って」もらいたいのだと、次第に主人公は自覚する。だから周りにバレないように、話し方を真似て、服装を真似て、共感を真似てきた。うまくいっているはずだったのだが、三十代も半ばに差し掛かると定職に就かずアルバイトをしている、独身で彼氏がいたこともない、結婚もせずに危機感も持っていない、そんな女が友人の集まりで不審がられる。男性が自宅に泊まりに来ていると報告すると喜んでくれた妹は、どう考えてもいびつな関係と微妙な男性であっても恋愛関係であってくれた方が嬉しそうだったし、妹もまた私に「治って」欲しいのだということが主人公はここでわかる。
目的の達成のための合理性に基本的な社会性が存在しない、実は主人公はその部分が作中ずっと変わっていない、ただ周りに馴染むための方法論に合理性を求めて達成する大人になってからの彼女は周囲が求める社会性を持つらしかった、ただその形はむしろいびつなのだと読み進めて違和感が凄い。
ジェンダーや常識へのアンチテーゼ、時にそれは生活や収入や社会性にも言及されながら、当り前の人間であることで、周囲の人間や親身になる家族でさえ、不信から安心し、仲間に入れて納得してくれる。でも自分はこう生きたかった、安心する生き方がしたかった、でも、生き方がわからない、指示されたらわかりやすい。彼女にとってマニュアルは救いだったから、それでみんなと同じ姿をしていられた。
初めてのアルバイト、高校生の頃の主人公はオフィス街に新しくオープンするコンビニの求人募集により新人研究を受ける、その初日、集まった色とりどりばらばらだったみんなが、配られた制服に袖を通し身だしなみをそろえると、それだけで店員という設定で一律した気がした。そこから主人公の安心が始まる。
アルバイトを始めたら喜んでくれた両親や妹も、今では就職をしてほしいし結婚をしてほしい、今はそう望んでいるのだと主人公はわかる。周りの友人も、問題がある彼氏がいると話せば憐憫から妄想を膨らませて勝手に共感して話を広げてくれるが、彼氏もいないし結婚もしたくないと話せばそれはなぜなのか、就職もしてないし本当に危機感を持っていないのだとしたらおかしい、などと遠巻きにされ、このままでは自分が世界に排除されてしまうと主人公は感じる。
コンビニ店員として週5で働き安心して暮らしていた主人公が、それだけではまた不具合を感じ始めた36歳の瞬間を舞台に、勤務先のコンビニに新しく入った35歳の新人男性白羽の登場から物語は展開し始める。偶然主人公は白羽の教育係を任せられるので、店頭の商品の向きや配置を整える作業の実践を頼んだのだが、少し目を離すと彼はおらず、商品はあちこちに顔を向けてバラバラのまま。
「いや、こういうチェーンのマニュアルって、的を射ていないっていうか、よくできてないんですよね、ぼく、こういうのをちゃんとすることから、会社って改善されていくと思うんですよね」
コンビニ人間
「白鳥さん、さっき頼んだフェイスアップなんですけど、まだ終わってないんですか?」
「いや、あれで終わりですけど?」
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「こうやって、お客様に商品の顔が向くように並べてあげてくださいね!あと、場所は勝手に動かさないで、ここが野菜ジュース、ここが豆乳と決まってるんで……」
「こういうのって、男の本能に向ている仕事じゃないですよね」
白羽さんはぼそりと言った。
「だって縄文時代からそうじゃないですか。男は狩りに行って、女は家を守り木の実や野草を集めて帰りを待つ。こういう作業って、脳の意仕組み的に、女が向いている仕事ですよね」
「白羽さん!今は現代ですよ!コンビニ店員はみんな男でも女でもなく店員です!」
会話の掛け合いの面白さにこれでもかとテーマ性を盛り込み、展開と共に馴染ませて運んでいく手腕は立体的な作品の中に読者を閉じ込めていく、ここから一気に読ませる。白羽の人物造形は申し分なくて、主人公との反応のし合いがかみ合っておらず素晴らしく可笑しいし、異分子とは何で、言い掛かりをつけられてばかりの主人公はどこまでもニュートラルで、題名が少し微妙ではあるが、無駄なところのない小説だ。
その後のこの作品は、独身で男を作らずにアルバイトをしているだけの主人公はそれではもう周りから問題視されるので、その解決のために、労働意欲も女性蔑視も多くをこじらせた言動を隠さない白羽と関わることで、妹の期待にも応えて、普通になろうとする主人公の純粋な行動で進む。それにより束の間主人公は世間が許す36歳の女性の及第点に追いつく。
社会や会社の歯車になりたくない、という考え方があるが、主人公はむしろその逆で、人間や労働として、何とか周りに馴染むように懸命だった。自分一人を食べさせるだけの収入といつまでも働き続けられる身体を整え、接客業として最低限の身だしなみと、勤務時間を考えた寝食と生活リズムを心がけて、規則正しく生きていられた。
主人公は、幼少期の他者への加害性を除けば、誰にも迷惑をかけていない。その教育はされており、そうなろうと努力した結果が、今の矯正された主人公の姿だ。良く働き、税金を払い、身の回りの問題には手を貸して、役割を果たしていた。店員として誰かの生活に静かに寄り添ってきており、生産性は一応ある。誰にも迷惑をかけていないのに、好奇と偏見と冷笑を押し付けられる。男側の苦しみ方は変節しながら違うモチーフで白羽を通して描かれていく。けれど彼は他者に迷惑をかけ、不快な言動で周囲を混乱させ、主人公にもその余波が押し寄せてくる。
周りからの称賛や冷遇の偏見の何にも負けない、自分が信じるに揺るぎない基軸はどこにあるのか。ある個人が生まれて生きていく上で息ができる場所はどこで、そこで存在することの幸せと不幸せや、それが命や生活の目的意識になるのならそれでいいのか、いやそれは一般的には社会性に乏しく、36歳の女性が幸せだと実感するには足りないと断定されるこの作品の中で、その一般的な感覚に沿うようにと主人公の苦心と変容の足掻きが展開されて苦しい。
主人公の職場をコンビニという仕事に落としたところがまず良い。これが他の職業なら他の理由で語ることができるが、発達障害と思わしき主人公が、自分のままではうまく生きられないけれど、マニュアルや他者の真似をすることで世界に迎合して成済ましさえすればこなすことの出来た仕事は、確かに単調なものが多く一度覚えてしまえば良い暗記的な職場なのかもしれないし、作中で幾度と語られるコンビニで働くことの社会的な最下層という意味と、現実的にも収入や社会貢献という意味で位置の高い職業だとは置かれていない。ゆえに本作のテーマ性が鮮やかに浮かびあがる。
この場合の発達障害は、むしろ主人公が周りの常識に染まりきらず流されないためのイノセントの役割を担っていて、ごく小さな、自分でも失って初めて感じる優先事項、自分の感覚への小さな声を書くための設定にすぎない。発達障害というモチーフの、とても創作的な扱い方で好感を持つ。
幾重にも張り巡らされたテーマやモチーフと、コンビニという作者が書き込めるだけの題材を舞台に、過去から現代において求められる一般的な社会性のあまりの多さにくらくらしながら、それを的確に浮かび上がらせる小気味よい台詞のやり取りで書き上げた、とても質の高い小説。
この作品は2018年に発刊されている。5年以上前だ。私はその間ずっと読まずにいた、残念だし、これからもそんな出会いに恵まれたいと強く思いながら、次の一冊を選んで読み進めたい。
作者はこの作品で芥川賞を受賞しているらしい、安心した。この世界のそこでは、彼女は安心して息ができたはずなのだ。そのことで私も安堵の一息をつける。
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コメント
初コメです、失礼します。
型、枠にはめようとする、無意識にはめないと安心できない日本人のおせっかい(いい学校、会社にいけ、結婚しろ、子供うめ、二人目は?など)がうまく描かれていると感じました。
期待に応えうとする、論理性はあるが社会性はない主人公にはやはり惹きつけられ、あっという間に読了しました。
読むきっかけをいただき、ありがとうございます。
kohさん、
初コメありがとうございます☺️
日本人らしい息苦しい普遍的な価値観が、
コミカルなタッチも交えて書かれて面白く読める本作がきちんと芥川賞を受賞する、この事が素晴らしいですよね。
kohさんの読書のきっかけになれたこと、
そしてこのような読後感想を持ち、それを他者や他者にて言語化する体験の手引きになれたこと、非常に光栄なことと思います☺️
これからも楽しい読書生活が続きますように🙇♀️