G-40MCWJEVZR 「空飛ぶ広報室」有川浩 - おひさまの図書館
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「空飛ぶ広報室」有川浩

偏愛評価

 夢がかなわなくても、なりたい職業に就けなくても、人生は続く。
 この強い言葉が希望のように響く印象が、私は同作にはずっとあった。これは決して絶望の言葉ではないはずで、もしもその続く人生が暗く感じられる人にはぜひ読みやすい原作小説からあたってみてほしいし、ドラマ版にあたれるならそれもいいと思う。ここには自分の仕事に尽くす、生きる強さや人間本位の輝かしさが詰まっている。
 本作は2012年に発表された有川浩の同名小説と、2013年のドラマ化作品の両方で昇華し展開される、結果的に言えば非常に優れたメディアミックス的作品だ。私は放送当時にドラマ版を先に視聴しており、先日ネットにて改めてドラマ版を見て当時を思い出して初めて原作を読む機会に恵まれ、起稿に至った。先に言うと、素材になった原作小説は今はもう搾りかすのようなものだったが、至る所にドラマ版を想起させる魅力的な台詞が散見され、ドラマ版は原作に敬意を払ってその魅力を十二分に扱った上でさらに映像作品やドラマ展開に昇華し、かつ震災を扱った原作の責任感に対しても後日談としての発展性をも備えており、極めて優秀な映像化であり商業展開だったことにも今更ながら気づかされた。これは著者にうちを書きませんかと広報活動を持ちかけた組織や個人の本意で面目躍如だろう。

 原作小説の主人公は、子供の頃から戦闘機のパイロットになりたかったが目前でその資格を剝奪された空井大祐。ドラマ版ではどちらかというと新垣結衣演じる、志望していた報道記者から情報局ディレクターに異動させられた稲葉リカを主人公格に置いて、その二人を中心に語られていく。
 夢がかなわなくても、なりたい職業に就けなくても、人生は続く。
 これは原作小説でも空井と稲葉の二人の共通項として存在するテーマで、放送当時に視聴していた私の印象に最も残っていたもので、本作はまず最初の夢や嘱望した職業からの脱却や回復が描かれる。
 自身の過失など一切ない事故により身体的な資格を失って二度と飛行機の操縦士には戻れない元パイロットと、行き過ぎた取材姿勢等で仕事が徐々に立ち行かずに希望の部署から外された元報道記者。夢を絶たれた過去を持つ、新たな仕事役割立場でまだ立ち往生している二人。
 空井が異動先で見る空幕広報室という異質な職場、自衛隊という閉じていて世間や国民からの認知も弱く時に勘違いされがちな組織を外側に向けて発信する職場、そこにその組織に対し無知な稲葉が取材により足を踏み入れ、その触発から物語は始まります。

 民間企業ではないのだから営利ではないのだし、なぜ広報業務が必要であり、その職務があるのか、その紐解きと共に、自衛隊という特殊な組織や職業を細やかに説明していく原作小説は、広報室の面々が無知な部外者に、特に新米広報官の空井が自衛隊に敵意すら持つ稲葉に対して接遇していくという形で展開していく所に配置の妙がある。自衛隊という組織、その機能や本質、その真摯と誠実を受けて、だからこそどのように受け取り報道すべきなのかとそれを聞く国民視点があるように、戦争賛美や政治的思惑などの問題に挟まれながら売り出す広報官の立場と、扱う報道や記者の立場、受け取る私たちの心地など様々を描ける配置はさすがで、小説から始まり映像作品の最後まで隙もなく練り上げられるこれだけの設定と展開は全体的に素晴らしい。
 自衛隊で働くということや、職業貴賤はないはずなのに、公的であるがゆえにむしろ勘違いされやすい職業であり、他の仕事であればこんなこと言われなかった、という場面の頻出は問題提起的過ぎではあるが事実なのだろう。組織の記号ではなく、そこに働いている普通や民間と変わらないただの同じ人、上司と部下、職歴と実力、組織への貢献や圧力、それらもその職業とし、働く人や生きる人の感情や人生という普遍的なものを真摯に描いていく。
 ドラマ版ではさらにこのテーマについて稲葉リカの印象的な台詞があり、私の耳に残っていた場面はここだったのだなと思い出します。この前後の、二機の編隊を模したボールペンや二秒の一瞬に込めたシーン等のロマンス要素はドラマ版ならではの味わいです。

 どんな仕事でも自分がやりたかった仕事でも、そうじゃない仕事でも、~思い通りにいかないことも、どんなに一生懸命にやっても上手くいかないこともあります。夢があっても叶わないことがあります、~でも、
「どんなに失敗しても、なりたいものになれなくても、人生はそこで終わりじゃない」
 いくらでもまた始めることができる。

空飛ぶ広報室・ドラマ

 原作小説では主人公格二人の職業上の関係性、取材対象と公正たるべきメディア側として安易な恋愛ドラマを描けない所を、ドラマ版では組織の中で働く体面や軋轢などとして取り上げ盛り上がりに昇華して見せ、時間の経過をいくつか持つ本作では、震災と物理的な支援や心理的な回復にまで広げて恋愛から人それぞれの弱さと強さを希望で描きます。

 原作小説では、空井と稲葉の恋愛要素は苦さと甘さの風味を残すに留まるのに対し、明確に描かれるのは空幕広報室の中から特筆されたもう一つのカップルであり、彼らを描くことで著者は、防衛大出の幹部と叩き上げの下士官との関連性という組織内のモチーフや、働く上での立場や自負や意地などのテーマをさらに重ねつつ、それらとの両立の難しい恋愛模様や組織の中の女性を、在学時の淡い青春の憧れを発端にして苦しんで来てある今に繋げて描きます。

「いくら尻を掻いてもがに股で歩いても、俺にはあんたは男には見えません。あんたがどれだけがさつに振舞っても、俺は絶対にあんたを女としてカウントするんです」
~~~~~~~~~~~~
「さっき稲葉が言ったとおりよ。女なんてね、『女のくせに』か『だから女は』なのよ」
 あんたは知らないだろうけど、と柚木は前置きして槇を睨んだ。
「あたしはそれしか言われなかったのよ」
 ――古傷になど逃げ込ませてやるか。
「鷺坂室長はどうなんですか。広報室のみんなは」
 突き付けると柚木が怯んだ。
「みんなはあんたがオッサンだから仲間として扱ってるわけじゃありません。オッサンの皮を被ってようが被ってなかろうが、みんなあんたを同じように扱うんです。だから先輩の努力は明後日もいいところで、滑稽なんですよ」
 パチンと頬の上に平手が弾けた。空井を引っぱたいた昼間のリカよりへなちょこだ。
 柚木の手が引っ込むより先に手首を掴まえる。
「今まであんたがどんな奴らと接してきたのかは知りません。だけど、俺をそんな奴らと一緒にするな!」

空飛ぶ広報室p314

 この作品は基本的に、空井や稲葉を通して読者に自衛隊や広報室を説明する情報量が多いので、500頁以上にも渡る長編とはいえ台詞劇の側面が強いのだが、著者の台詞の含蓄の上手さ、この部分だけ読んでも前後の設定や展開が手に取るようにわかる。正直地の文の厚みとかはないのだけれど、人物設定や配置の上手さ、台詞の語感の良さや人物ドラマのつくり方の上手さが際立つ。原作小説で描きづらかった主人公格の替わりに描かれる組織内の恋愛模様は、他にも多くのテーマや魅力を内包しており、解説で挟み込まれるエピソード上の著者の言葉で「作家としての腕には自信がありますから」という引用があったが、その自負が光る。
 先に原作小説はドラマ版の搾りかすといった表現を私が使った理由の多くは特にここにあり、ドラマ脚本において、これはと思った台詞の多くは一言一句を替えずに原作小説に多数存在し、その原作小説の旨味を丁寧な手つきで抽出して扱った跡がしっかりと見て取れる。その上で昇華し切った脚本や映像化チームの真摯な仕事ぶりがあるからこそ、素材になった原作小説が浮かばれている。

 原作の創作性としては前述した二人の先輩広報官同士の恋愛の章を頂上にしており、空井と稲葉の収束は衝突としても盛り上がりとしても弱く、報道と現場の軋轢としてドラマ版がそれをうまく助けていたし、取材対象とメディア関係者の恋愛要素と、創作行為上重くなり過ぎる震災を乗り越える未来への歩みの強さとして恋愛モチーフにて消化し、叶わなかった夢も起きてしまった震災も、映像作品として二人のラブロマンスに仕立てた部分を含めて、脚本家が本当に良い仕事をしている。
 自衛隊を題材にした以上、出版前に起きた東日本大震災に触れないわけにはいかない、という作家の責任感は感銘に値するし、そんな作家の仕事に対して敬意をもって映像化にあたった脚本家やチームは、連続ドラマならではの話数と尺度を使って恋愛要素を展開させ、扱いの難しい震災を再生や復興への前向きと幸せへの持っていき方に上手くまとめてある。自衛隊の広報活動や、文章化の為の虚構性や、映像化により恋愛要素に流れすぎたり、重いテーマを軽薄に扱うとは何事か、という側面もあるのかもしれないが、そこに価値があるなら外へ積極的な行動を持つことは良い創作性だし、映像化や広告的戦略は経済的にも効果としても広くに成功させる義務があり、その為の創作的な加工や試みはあって然るべきで、何より創作は素材による着想があるのでそれ以前より魅力的に作られるべき責務があり、それこそが各仕事が存在する妙で価値だ。

 叶わなかった夢、が基本的に職業を指していることからもわかるように、この小説の中の登場人物は自分の仕事を持ち、自負を持って全うしているし、それはこの作品を扱った方たちにも思われる。
 真摯に働く彼らをどう報道するのか、広告するのか、どう描くのか、という広報や創作や映像化において、各々の仕事をし、最善を尽くす。働く人により機能する社会には安心感や信頼があり、それには敬意や感謝があるべきで、そうして作り上げられたものの誠実さの粋という感じがした。本作では常にそれぞれが他者への敬意を持って自分の仕事をしていて、そのスケールアップの相乗効果が都度に感じられる。 
 小説という閉じられた創作物のむしろクロスメディア的な映像化は、開かれなければ読まれない小説の可能性が飛躍的に高まり、その価値が広がりやすい。それでも本文を読むまでに至るのは少ないのだが、静かな文章の価値から華やかな役者や現代的な映像を使うことで、複合的に虚構が創作される、その都度に波及の可能性が増え、数ある創作の段階で物語の力が増減したりする魅力もある。
 夢がかなわなくても、なりたい職業に就けなくても、人生は続く。
 この強い言葉が希望のように響く印象が、私は同作にはずっとあった。だが今回ドラマ版から入ることで初めて原作小説にあたって、沢山の仕事によりさらに作り上げられる映像化の価値を改めて感じた。
 続く人生が新しい夢になり、世界は個人の夢や作り上げる価値の発揮に溢れている。


 

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