韓国SF入門:キム・チョヨプ『わたしたちが光の速さで進めないなら』解説
<English Summary>
This article reviews If We Cannot Move at the Speed of Light by Kim Cho-yeop, examining its position within contemporary Korean literature and science fiction.
The collection consists of seven short stories, many of which involve space or speculative elements. However, rather than focusing on hard science fiction, the stories emphasize emotions, relationships, and social themes. This creates a form of “soft sci-fi” that is accessible and easy to read, even for those unfamiliar with the genre.
The author highlights the work’s strengths in balance: it avoids excessive complexity while integrating themes such as family relationships, memory, discrimination, and collective emotion. This makes it appealing to a broad audience and aligns it with trends in contemporary commercial fiction.
At the same time, the article questions the depth and impact of the work. While it is skillfully written and emotionally engaging, it lacks the intensity, originality, or overwhelming force found in more distinctive literary voices.
By comparing Kim Cho-yeop with writers such as Project Itoh and Can Xue, the article explores the issue of “authorial identity.” It suggests that while Kim is talented and promising, her work may risk being too balanced-polished, but not yet fully singular.
Ultimately, the article frames the book as a product of contemporary publishing: readable, approachable, and commercially successful, yet raising deeper questions about what defines lasting literary value.
この記事は、わたしたちが光の速さで進めないならを通して、現代韓国文学およびSFの位置づけを考察している。
本作は7編の短篇から構成され、その多くが宇宙や科学的設定を扱うが、いわゆるハードSFではない。むしろ感情・人間関係・社会的テーマに重点が置かれたソフトSFであり、ジャンルに馴染みのない読者でも読みやすい作品となっている。
家族関係、記憶、差別、感情といった普遍的テーマを、過度に複雑化せずバランスよく描く点に強みがあり、現代の商業文芸の潮流とも一致している。
一方で、本記事はその完成度の高さと引き換えに、強烈さや独自性、圧倒的な文学的威力が不足している点を指摘する。さらに、伊藤計劃や残雪との比較を通して、「作家性とは何か」という問題に踏み込む。本作は器用で整っているが、その分だけ突出した個性に欠ける可能性がある。
結論として本記事は、この作品を「現代的で読みやすく商業的に成功しうる作品」であると同時に、「文学的価値とは何か」を問い直す契機として位置づけている。
韓国文化の日本輸入隆盛は久しいけれど、韓国文芸はその成功例に加われるのか?
一時期よくsnsで見かけた本作ですが、あらすじや雰囲気は伝わってこず、中身は謎に満ちていましたが、読んで納得。
手に取るきっかけは、ノーベル文学賞受賞のハン・ガンにより現代韓国の文芸出版の盛況の中身を知りたくなったのと、先日の『覚醒するシスターフッド』のアンソロジー・ダービーにて1番面白かったのが韓国人作家のSF作品だったことによる。



『わたしたちが光の速さで進めないなら』キム・チョヨプ
7編の短篇が収められており、5編が宇宙、2編が生活的な題材を持っている。
全体的にテーマは感情や社会的なものになってくるので、全部が丸みを帯びていて読みやすく、SF過ぎないし、社会テーマでも感情テーマでも攻め過ぎず書き過ぎない所があり、著者の知性や温かさを全体的に感じるので安心して読める。どこか癒し系チームに属する読み応えと読後感だったので、このあたりも日本の現代文芸の流行りとあまり変わりはないのかなと感じもする。

「巡礼者たちはなぜ帰らない」
宇宙もの。ある村に生まれた少年少女は、大人になる前に宇宙のその先へ旅立たなければならない風習がある。その巡礼の旅から戻ってくる子供は極端に少ない。巡礼先で待ち受けるものとは、ユートピアとディストピアの概念、他の惑星から見た地球というモチーフを上手く使いながらテーマ体現をしていて、一編目のスケールと自然なSFの馴染み方は悪くない滑り出し。
冒頭の文章からして読みやすいし、sf過ぎない滑り出しは馴染みのない読者を安心させてくれる。
「スペクトラム」
宇宙もの。地球外生命体に遭遇した初の人間だと主張する祖母が語る、彼、もしくは彼らとの物語。感情と記憶、スケッチと体感。川に流したら、向こう岸からいかだに乗ってやってくる、の文章は笑ってしまった。懐かしい可愛らしさ、という全編に共通する質感が二編目からしてつかめる。
「共生仮説」
宇宙もの。幼児記憶の健忘、地球外生命体との関わり方、共存或いは共生、その可能性に気づいた科学者たちの科学と哲学にまたがる思索の話。理系というよりは文系の流れに、この作者の魅力があるのだろうと思う。
「わたしたちが光の速さで進めないなら」
宇宙もの。表題作。
何万光年も離れた星と星、科学の発展と政府の決定、離れ離れになる家族と若い私と加齢する私。
ドラマ性はあるが、威力があるかと言われる。題名が一番魅力的。科学者の覚悟、親の覚悟みたいなものはやんわりと伝わってくるが、頭で考えただけのものを欠いている気軽さみたいなものは若輩作家ならではの軽さかなと考えたりもして、私が年を取ったことも感じる。複雑。
「感情の物性」
生活ベース。現代的な舞台に、新商品として登場して噂の的になる”感情の物性シリーズ”、感情を造形化したシリーズ商品をめぐる話。色々稚拙だなと感じた、読みやすさとしては1番か。
「館内紛失」
生活ベース。死んだ人間の埋葬は、墓地から省スペースの一途をたどり、いつしかデータベース化して館内で管理されるようになった世界の話。そのシステムでは、故人の記憶や様々なデータをもとに人工脳として残されており、シナプスパターン化された故人とまた”会う”ことが可能になっているのだが、主人公が母親を検索するとデータが見つからず、係員いわく削除されてはいない、必ずデーターベースとしては残っている、ただ検索にひっかからないだけ、と言われる娘の話。世界設定が印象的で、いくらでも長編で書けるモチーフテーマを中短編にて惜しみなく書く作為には鮮やかさを感じた。
個人的に、母と娘の話にもう弱い年齢になっているので、それだけで印象的。父親との関係にも注目、肉親間のわだかまりは文学にはありがち。
「わたしたちのスペースヒーローについて」
宇宙もの。かつて自慢のおばさんだった女性は、人類初のある実験の対象に選ばれた宇宙飛行士だった。その彼女の真実をめぐる謎に向き合う話。
個人的には一番印象的だった、鮮やかな主張人物に焦点を当てた、ある種の歴史スポットライトを作り出す手法は明確なエンタメ性があって、派手過ぎない運びと場面作りに一役買っている、描き方が上手い。
語り過ぎないことでぼろも出ないし、余白に考えさせる思わせる、情感の生み出しが上手い。
現代的なソフト文芸、大人のナイスフォロー
SFのガジェット的な要素や題材を扱いながらも、あくまで自然的な設定としてことさらに扱い過ぎない所が上手く、ある意味で現代的な生活の中に落とし込めた世界で展開できるところに、私のような科学の苦手な人間にもすんなりと読めてしまう優しさもある。そうした宇宙や科学的な題材モチーフを持ちながらも分かり易く展開するドラマに、東洋人差別、シングルマザーや母子関係、感情と実体、マスメディアや大衆の感情、等の普遍的な要素まで上手く絡めて、情緒的な所で落着させる創作的なバランス感覚は感じるが、強烈な威力だとか鮮烈さとかは感じなかったので、これが売れるのかあ、という感じはした。
著者は大学在学中にデビューした若い頃から嘱望された作家なので、その強みもあるのだろうと思うし、装丁もイラストで可愛らしくある意味での現代的なノベルの踏襲をした売れ筋作りとしての商業の上手さも感じる。
同じような可愛い装丁で『この世界からは出ていくけれど』『地球の果ての温室で』『派遣所たち』など翻訳刊行済み作品も何作かあるので、読みやすさや手に取りやすさには恵まれた作家さんなのも確認しました。

ただどうなんだろうな、これが本当にそんなに売れたのか疑問で、読書メーターで検索しても読んだ登録数は2000に満たないし、Google検索で出てきた2023年1月の記事で韓国にて20万部でベストセラー、日本でも相次ぐ重版、との文言なので、そもそも「韓国でのベストセラー」のハードルが低く気軽な表現であるし、それだけ各国とも出版不況であることも伺えるし、所詮”売れてます”の文言で売り出す韓流の手法を感じてしまう。日本では重版という表現のみで実態はわからないが、2019年刊行から現在も文庫本ランキング上位であれだけロングランしてる辻村深月『傲慢と善良』も、映画公開前の2004年9月に100万部突破の文庫帯やポップを見たので、”売れています”の言葉の実態と、売れない現状の中のヒット作の瞬きのありがたさがわかるだけに留まる気がする。そして、その言葉で飾ってもそれほど読まれはしない悲しさも。

それは良いとして、巻末にある著者あとがき、評論家による解説、共に全編に対しての創作秘話や解説を披露しすぎていて、それは書きすぎなのではないか?と思ったりはした。特に評論家による解説文は、明晰な文章で書かれていると思うが、書きすぎていて心配になったりもした。
本編は軽いので、ある意味で解説の重みでバランスが取れているという向きもあるか。大人のナイスフォローに拍手。
伊藤計劃と残雪、個人名で戦い続ける作家性
理系有名大学を経て文系家業である作家になった、というだけでバックボーンに力があり、それが若い女性だと商業性にもとみ、注目されるのもわかる。理系作家の属性で言うと国内で思い出されるのは『道化師の蝶』で芥川賞を受賞した円城塔か。私はSFというジャンルに馴染みがなく、苦手意識すらある中で映画批評で伊藤計劃から入り、円城塔を知ったので、受賞会見で彼に触れていた時は当時感じ入るものがあった。その後彼の書きかけの原稿と資料をもとに忘れ形見の『屍者の帝国』(2012)を円城塔が完成させて発表した際までは読んだが、今回思い出して著者の現在を調べてみても、特に目を引くものはなし。有名受賞作家といえど、やはり書き続け話題になり続ける難しさを感じる。
伊藤計劃は『虐殺器官』『ハーモニー』など数作を残して早逝されたが、未だに文庫本フェアでその作品を見ることができ、作家の生死は新作の有無以上に読書機会の継続にあり、読者の要望と出版の後押しにあるように感じた。
作家としての本懐はどこにあるのか、の違いな気もする。果たして理系から流れた2人はついぞ文芸で行き着くのか。
正直に白状すると、本作を読み終わり、本項を走り書きしながら読み始めた残雪『黄泥街』に圧倒されて、作風もジャンルも世代も年齢も人生経験も、恐らくなにもかも違うので比較でも何でもないのだが、あの濃密さを前にすると、簡単なエンタメ性とか商業性がどうのとかでは太刀打ちできない印象の強さに圧倒されてしまい、本作の書きかけのレビューを書く気力がどうにも弱まってしまった。
作家性、という意味では本著者にどれほどのものがあるのかは一作、短篇集では計り知れないし、そもそも私は長編が好きなので長編を読みたいし、著者は頭もいいし器用で上手いし、周りも支えて売る気があるのだろうと思う強みはありありと感じるが、多く器用貧乏と思えてしまった側面は否めず、ただ、強く書き続け、求めて高まり続けるその姿勢や熱意は、作風もジャンルも世代も年齢も人生経験も、恐らく何も関係がない。
どのように書いて、どのように終わる作家なのか、その命題をかけて、幾人もの作家が費やしたその熱意や人生を、これからどう尽くすのか、その途中に過ぎないと感じるに終わった。

ハン・ガンにより注目も高まった韓国文芸に興味がある読者もどれほど数いるかも知れないが、作風もジャンルも違うので期待して本作を読むと肩透かしを食らうが、商業的成功を果たした作品が完成度でも満ちている可能性と、ノーベル文学賞が少しは機能していることの実感が相対した。


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