カナダ日韓中米ナイジェリアと5カ国の著者10人10作を集めたアンソロジー。日本人作家は5人。
私はアトウッド目当てで買いましたが、様々な国の小説を一堂に集めて読める本誌は、文藝2020年秋の企画らしいので、文芸誌も面白いことするし、好評だと単行本化されるんですね。文藝は一応純文系の雑誌だと思いますが全体的に読みやすく、女性登場人物は多いですがフェミニズム感は強くはありません。
ただ読んだ順に感想羅列もつまらないので、ドラマダービーならぬアンソロジーダービーとして、面白かった順位づけと短いコメント付きでご紹介します。
10作中4作面白く1作が健闘していました。国で挙げると韓国/カナダ中国日本/日本日本ナイジェリア日本、といった順番かな。アンソロジーや短編集の評価点って分かりませんが半分が面白かったので良い読書だったのではないかと。
◯「リッキーたち」 サラ・カリー
△「パティオ8」柚木麻子
△「先輩狩り」藤野可織
△「ケンブリッジ地味子団」ヘレン・オイェイェミ
◎「星空と海を隔てて」文珍
×「なあ、ブラザー」大前粟生
◎「桃子さんのいる夏」こだま
◎◎「未来は長く続く」キム・ソンジュン
◯「断崖式」桐野夏生
◎「老いぼれを燃やせ」マーガレット・アトウッド
■第一走者、よく頑張った
◯「リッキーたち」サラ・カリー
日本ではなじみがないクラブに所属した女子大学生のひと夏を描く。”レイプ・サバイバー”というキャッチ―な名前ながら多くを語られない彼女たちの出会い、ひそかなクラブ活動とその後の顛末。女性の成長途中における悲しみや苦しみ、浄化や変わることがない環境や気持ち、或いは成長して行ける自分や気持ち、そして過程で出会い別れていく仲間たち。
悪くはなかったが押しもない、それでも本冊子の中では悪くなかったし、第一走者としてテーマと役割を背負ってなお悪くなかった。
■面白かった! 韓国×SF
◎◎「未来は長く続く」キム・ソンジュン
主人公は指の間にヒレがあったりエラ呼吸を習得したりする女の子だが、彼女のシッターを務めるのは犬とロボットの二人。異星人である彼らに挟まれて暮らしていたある日、まぶたがない女の子との出会いから、地球人が同じ星に派遣されてきたと知り、恐怖を覚える所から、初めての恋と呼吸を知る。
面白かった、ソフトなSFという感じがしたが、主人公の心理の素朴さと登場キャラクターの愛らしさや温かさ、母親の姿がどこにもないがぬくもりと愛が間違いなく存在している温度が良かった。異なる文化や利害立場の相手への恐怖や交流を通して好感に至るまでの興味と生命力を感じる作品。これくらいのソフトなSFならファンタジック性と共に読むことが出来る。
◎「星空と海を隔てて」文珍
途中まで一番面白かった。プロジェクトリーダーも任される主人公は友人のような同僚から、信頼する上司から「主人公が自分と関係を持ったことを吹聴している」と相談されるスマホ画面の写真を見せられ、自分の立場の危うさに気づく。大学時代、最後の若さと幼さの時代を経て、社会人になってからの職務の全うや人間関係のストレスを含めた多くの疲れ、それを知らない二十代前半女性との行き連れのバス旅の中で感じる若い知性と感性、今の自分がいつの間にか失ってしまったもの、若い彼女にあって今の自分にない理知や冷静さについて回帰し復古する話。登場する単語に中国の要素があるのは良いが小道具の頻出に若干軽薄なきらいがある、しかし描こうとしているものの明確さが分かり易く、定められた二人の世代間における感性もテーマ的で良かった。
◎「桃子さんのいる夏」こだま
素朴系で面白かった。過疎地域の教師をしている主人公は37歳で、仕事が落ち着いたのになぜ恋愛や結婚の報告はないのかと周りにせっつかれて、今のままでは何故だめなのかを考える日々。お隣さんに一か月の短期移住として地域が受け入れ準備を進めてきたプロジェクトの第一号家族が東京から引っ越してくる、その夫婦との関わりとおすそ分けや家庭菜園の日々と、ひと夏の線香花火までを描く佳作。主人公が純朴すぎるが、もはやテンプレ化された現代女性が挟まれて急かされる諸問題に対し、実はみんなこれくらい素朴に素直に感じているのかもしれない、とも感じられる癒し系。
■トリを飾る、ネームバリューに負けない作品
◎「老いぼれを燃やせ」マーガレット・アトウッド
富裕層向け老人ホームの入居者たちによる目線から描いたコミカルな日常と、生活に困窮する若い世代が彼らのホームを取り囲んで「老いぼれを燃やせ!」と騒ぐデモ行進の一夜を描く。
着眼は素晴らしいが長編で読みたいテーマモチーフ。まずタイトルが良い、そして現代にこれを老齢の作家が送り出すのが良い、ぜひ長編で読みたい。短篇の読み方が分からない私からすると、長編で読みたい、は賛辞なんだけど、完成度や作り上げとしては認めていないことになるのか? 切り口は鮮やかだとも思うが、膨らませて長編で読みたいなあ。現代テーマや人類テーマは商業にも文学にも結び付く、やはり私には大事な要素。そしてその着眼は間違いなく小説家の才能で嗅覚。小説家の実力は、向上性・過去以下を書かない客観性や成長にあると思う、それらもちゃんと見てとることが出来て良かった。
■普通、可もなく不可もなく
「断崖式」桐野夏生
かつて家庭教師を務めた少女、現在は40歳程度になっているはずの彼女が数年前に自殺したと噂を聞いた主人公が、彼女を受け持っていた期間に見知った家庭内の雰囲気や彼女との関わりを思い出す。
悪くないけど、女性戦線として、対象が男性=父親になるのは古風だなと思ったが、著者のイメージのおどろおどろしさは短編のため控えめで読みやすかったが、故に可もなく不可もなく、悪くないだけましか。
■微妙、それ以外
「パティオ8」柚木麻子
ネームバリュー的にも高いはずの著者、個人的にはアトウッドに次いで期待して読んだけど完全につまらない。過去長編3作読んでますが、短編とは書き方違うのでしょうが、どこをどう面白いと思ってこれを書こうと思ったのかが謎。
コロナでのリモートワークや、閉塞空間における人間模様の中に、ある集合住宅の間取りや、そこにおける力関係や女の連帯感の的になったある夫婦をめぐる作品。ごちゃごちゃしていたが魅力のかけらはほとんどなく、著者の強みである食の魅力がキーポイントになったくらいか。キンパおいしいよね。
「先輩狩り」藤野可織
設定は面白かったが、それだけに終わる。名前は聞いたことある著者だが、調べて他を読もうという気にはなれない。こちらもコロナを思わせる感染症を思わせるディストピアで、妊娠出産が可能な大事な女子高生は隔離して大事に屋内に避難させ、何年でも浪人させて”女子高生”を保護し、同学年の男子学生は何人か減っても仕方らないからそのまま卒業させて大人にさせていく世界にて、今は40歳になった女子高生の主人公には、先輩も後輩も存在しない、という物語。設定負け。
「ケンブリッジ地味子団」ヘレン・オイェイェミ
本冊子の題名の由来となるシスターフッドの元ネタになるのであろうブラザーフッド(兄弟団)の単語の説明から入る本作は、本願の直球勝負かと思いきや、その顛末の哀愁はモチーフ性を使い切れているとは思わない。非常に微妙な印象値、海外の感性と文化の作品だなと感じるが、テーマに関する少年少女感のあたりの作り手側の作為性は「リッキーたち」の方が上。
「なあ、ブラザー」大前粟生
個人的に一番受け付けなかった。要素的には舞城王太郎が読みたくなった。
ABCDと割り振られた同級生が繋がるGoogleドキュメントグループの現在の名前は「いつか殺す奴しりとり」。男性と思われるCは男性性の特性についての憤りや生きづらさに語る独白を長台詞するし、多くは文章と台詞の突飛で構成されていて、途中からついていけなかった。これは私には関係ないし興味がない話だから読み進める時間が勿体ない、と感じたのは久しぶりのこと。
全体的には及第点。装丁は可愛い、ラストに置いたアトウッド目当てで買い求めて、そこが不発でなかったことと、1編目に置かれた作品がテーマ・モチーフをわかりやすく一定の完成度で満たしていたために幸先が良かったが、2.3.4.6が微妙で中盤中弛みし、結構辛かった。
アンソロジーはテーマモチーフの統一や逆転も大事だが、編成も大事なのだなと読後思った。なかなか読まない形なので、当たり外れたくさんの著者の作品を読めたのは楽しかったが、やはり外れの作品を読んでる時間はつらい。
他作家との連名の短編アンソロジーは主眼の仕事ではないと思うが、それにしても自分の名前で出すのだからそれなりのものでなくして居並ぶ中で恥ずかしい気持ちはしないのだろうか。高名なアトウッドが現代的な期待をさらに上げる作品を読ませる土俵で、訳がわからない物を出す柚木麻子にはがっかりだ。後輩を引っ張る、現代を短く切り取る、新しい読者を広げる、それなりの気持ちがないと適当な仕事になるし、名が廃る、名が上がるのはそういう時。
1番面白かった韓国のソフトSFの「未来は長く続く」キム・ソンジュンの他著作を探したが翻訳済みの単行本が少なく、翻訳作品出版の難易度を感じつつ、ハン・ガンで興味を惹かれた韓国作家さんだなとも思う。最近話題の「わたしたちが光の早さで進めないなら」キム・チョヨプと共に、現代韓国はSFも盛況なのかな? 併せて注文してみました。日本のSFも一般的にはそこまでパッとせず、やはりアニメに流れていったきり、という印象があるけど韓国はどうなんだろうな。
次に読みたい作家やジャンルの道筋が見える、多数を読めるアンソロジーの醍醐味を少しは味わえたのではないか。
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