私はブログでは海外文芸・国内文芸・映画作品等のレビューを行っていますが、xでは資産形成や働き方などのテーマと一緒に、季節ごとの連続ドラマの期間視聴と進捗順位付けを行うドラマダービーをかつて行っていて、評判が良かったので文芸アンソロジーでも行ってみることにしたのが本記事。
1作品単独位楽しむのもおつですが、アンソロジーはせっかく複数作品・作家が編集されているので、群像として楽しみつつ、そこは完成度や主役や傾向も感じつつ楽しみたいではありませんか。
今回は、1960年代にウーマンリブ運動に関連して生まれた言葉「シスターフッド」をキーワードに女性同士の連帯をテーマに文芸誌に掲載され即増刷された8編の短編に、新たに二編を加えて単行本化した本作。
1編目の『リッキーたち』岸本佐知子による訳し下ろしと、
6編目の大前粟生『なあ、ブラザー』書き下ろし、が追加されたもののようだが、
その成果はいかに??
5カ国の著者10人10作を集めたアンソロジー
アトウッド目当てで買いましたが、様々な国の小説を集めて読める本冊子は文藝2020年秋の企画らしい。カナダ日韓中米ナイジェリアと5カ国の著者10人10作を集めたアンソロジーで、日本人作家は5人。文藝は純文系の雑誌だと思いますが全体的に読みやすく中間小説的、女性登場人物は多いですが個人的にはフェミニズム感というよりはジェンダー感が満載なだけかなと感じたけど、ここには読者の価値観が映し鏡かなとも感じます。
ただ読んだ順に感想羅列もつまらないので、ドラマダービーならぬアンソロジーダービーとして、記号評価の順位づけと、出走順や作者知名度との兼ね合いを含めた短いコメント付きでご紹介。
10作中4作面白く1作が健闘。国で挙げると韓国/カナダ中国日本/日本日本ナイジェリア日本、といった順番かな。アンソロジーや短編集の評価点って分かりませんが半分が面白かったので良い読書だったのではないかと思います。まずは意欲的な企画に拍手。
以下、収録順に並べた作品名と作者名、左のマークが私の評価の一覧です。
本編を手に取られた方はご自身の感想評価と照らし合わせながら読書の広がりを含めてさらに楽しめますように。読者それぞれの好みや評価基準、文学観などが表れて、読み方も千差万別だと分かり過ぎるところ、その違い毎に個性を認めてさらに楽しめる所、にダービーの魅力があります。
柚木麻子、マーガレット・アトウッド、桐野夏生以外は初めましての作家さんたち。前者2人は既読作品との比較や群像で書きました。ここでの出会いからキム・ソンジュンさんは他にも二冊読みました、それだけの印象値。
◯「リッキーたち」サラ・カリー
△「パティオ8」柚木麻子
△「先輩狩り」藤野可織
△「ケンブリッジ地味子団」ヘレン・オイェイェミ
◎「星空と海を隔てて」文珍
×「なあ、ブラザー」大前粟生
◎「桃子さんのいる夏」こだま
◎◎「未来は長く続く」キム・ソンジュン
◯「断崖式」桐野夏生
◎「老いぼれを燃やせ」マーガレット・アトウッド
以降、印象値順に一言コメント。
第一走者、よく頑張った
〇『リッキーたち』サラ・カリー
日本ではなじみがないクラブに所属した女子大学生のひと夏を描く。”レイプ・サバイバー”というキャッチ―な名前ながら多くを語られない彼女たちの出会い、ひそかなクラブ活動とその後の顛末。女性の成長途中における悲しみや苦しみ、浄化や変わることがない環境や気持ち、或いは成長して行ける自分や気持ち、そして過程で出会い別れていく仲間たち。
悪くはなかったが押しもない、それでも本冊子の中では悪くなかったし、第一走者としてテーマと役割を背負ってなお悪くなかった。
※後日、文芸誌から単行本化するにあたって本作を含めた2編が追加されたと知り、追加された本作が冒頭を飾り全体のパッケージングとして果たした役割は成功と感じた。以降はテーマが不明確だったりモチーフ負けしていたりするが、本作はそれもなくきれいにまとまっており、一編目から本冊子の意図を体現しながらも語り過ぎない。良かった。
面白かった! 韓国×SF
◎◎「未来は長く続く」キム・ソンジュン
主人公は指の間にヒレがあったりエラ呼吸を習得したりする女の子だが、彼女のシッターを務めるのは犬とロボットの二人。異星人である彼らに挟まれて暮らしていたある日、まぶたがない女の子との出会いから、地球人が同じ星に派遣されてきたと知り、恐怖を覚える所から、初めての恋と呼吸を知る。
面白かった、ソフトなSFという感じがしたが、主人公の心理の素朴さと登場キャラクターの愛らしさや温かさ、母親の姿がどこにもないがぬくもりと愛が間違いなく存在している温度が良かった。異なる文化や利害立場の相手への恐怖や交流を通して好感に至るまでの興味と生命力を感じる作品。これくらいのソフトなSFならファンタジック性と共に読むことが出来る。
(後記:こちら、後に関連を2冊読むくらいには面白かった。魅力でいうと本作『未来は長く続く』が1番好きだったので第一印象としては本物。個人的にはこれを読むだけでも本冊子の価値ありでした)


◎「星空と海を隔てて」文珍
途中まで一番面白かった。プロジェクトリーダーも任される主人公は信頼していた上司からの誘いを断った後に同僚に、「〇〇(主人公)が自分と関係を持ったことを吹聴している」とその上司から相談されているスマホ画面の写真を見せられ、自分の立場の危うさに気づく。大学時代、最後の若さと幼さの時代を経て、社会人になってからの職務の全うや人間関係のストレスを含めた多くの疲れ、それを知らない二十代前半女性との行き連れのバス旅の中で感じる若い知性と感性、今の自分がいつの間にか失ってしまったもの、若い彼女にあって今の自分にない理知や冷静さについて回帰し復古する話。
登場する単語に中国の要素があるのは良いが小道具の頻出に若干軽薄なきらいがある、しかし描こうとしているものの明確さが分かり易く、定められた二人の世代間における感性もテーマ的で良かった。
著者の名前を検索するも日本語訳の単行本は見つからなかった。残念。中国経済と政治の中に生きる現代性や貧困層までの幅広さや過密は読んでみたい性質ではある。
◎「桃子さんのいる夏」こだま
素朴系で面白かった。過疎地域の教師をしている主人公は37歳。
仕事が落ち着いたのになぜ恋愛や結婚の報告はないのかと周りにせっつかれて、今のままでは何故だめなのかを考える日々。お隣さんに一か月の短期移住として地域が受け入れ準備を進めてきたプロジェクトの第一号家族が東京から引っ越してくる、その夫婦との関わりとおすそ分けや家庭菜園の日々と、ひと夏の線香花火までを描く佳作。主人公が純朴すぎるが、もはやテンプレ化された現代女性が挟まれて急かされる諸問題に対し、実はみんなこれくらい素朴に素直に感じているのかもしれない、とも感じられる癒し系。
トリを飾る、ネームバリューに負けない作品
◎「老いぼれを燃やせ」マーガレット・アトウッド
富裕層向け老人ホームの入居者たちによる目線から描いたコミカルな日常と、生活に困窮する若い世代が彼らのホームを取り囲んで「老いぼれを燃やせ!」と騒ぐデモ行進の一夜を描く。
着眼は素晴らしいが長編で読みたいテーマモチーフ。
まずタイトルが良い、そして現代にこれを老齢の作家が送り出すのが良い、ぜひ長編で読みたい。短篇の読み方が分からない私からすると、長編で読みたい、は賛辞なんだけど、完成度や作り上げとしては認めていないことになるのか? 切り口は鮮やかだとも思うが、膨らませて長編で読みたいなあ。現代テーマや人類テーマは商業にも文学にも結び付く、やはり私には大事な要素。そしてその着眼は間違いなく小説家の才能で嗅覚。小説家の実力は、向上性・過去作以下を書かない客観性や成長にあると思う、それらもちゃんと見てとることが出来て良かった。
とても力強い作家が、晩年になってもこれほどの意欲作とユニークさでパワーを見せてくれる。正直シスターフッド感はなかったけれど、女性作家の大事な力強さと、それを象徴する本作の大事な重さとして主役級の機能を果たしているし、アトウッドのネームバリューと華々しさが本アンソロジーに沿えた華は大きい。


普通、可もなく不可もなく
〇「断崖式」桐野夏生
かつて家庭教師を務めた少女、現在は40歳程度になっているはずの彼女が数年前に自殺したと噂を聞いた主人公が、彼女を受け持っていた期間に見知った家庭内の雰囲気や彼女との関わりを思い出す。
悪くないけど、女性戦線として、対象が男性=父親になるのは古風だなと思ったが、著者のイメージのおどろおどろしさは短編のため控えめで読みやすかったが、故に可もなく不可もなく、悪くないだけましか。
微妙、それ以外
△「パティオ8」柚木麻子
ネームバリュー的にも高いはずの著者、本アンソロジーにおいても日本人作家の中では一番の現在知名度の役割があるはずだし、個人的にはアトウッドに次いで期待して読んだけど完全につまらない。過去長編3作読んでますが、短編とは書き方違うのでしょうが、どこをどう面白いと思ってこれを書こうと思ったのかが謎。
コロナでのリモートワークや、閉塞空間における人間模様の中に、ある集合住宅の間取りや、そこにおける力関係や女の連帯感の的になったある夫婦をめぐる作品。ごちゃごちゃしていたが魅力のかけらはほとんどなく、著者の強みである食の魅力がキーポイントになったくらいか。キンパおいしいよね。


△「先輩狩り」藤野可織
設定は面白かったが、全体的な実力と表現力不足が目立つ。名前は聞いたことある著者だが、調べて他を読もうという気にはなれない。アンソロジーに参加した成果を上げられたのか不明。
こちらもコロナを思わせる感染症を思わせるディストピアで、妊娠出産が可能な大事な女子高生は隔離して大事に屋内に避難させ、何年でも浪人させて”女子高生”を保護し、同学年の男子学生は何人か減っても仕方らないからそのまま卒業させて大人にさせていく世界にて、今は40歳になった女子高生の主人公には、先輩も後輩も存在しない、という物語。設定負け。
△「ケンブリッジ地味子団」ヘレン・オイェイェミ
本冊子の題名の由来となるシスターフッドの元ネタになるのであろうブラザーフッド(兄弟団)の単語の説明から入る本作は、本願の直球勝負かと思いきや、その顛末の哀愁はモチーフ性を使い切れているとは思わない。非常に微妙な印象値、海外の感性と文化の作品だなと感じるが、テーマに関する少年少女感のあたりの作り手側の作為性は『リッキーたち』の方が上。
追加書下ろしの意味とは?
△「なあ、ブラザー」大前粟生
個人的に一番受け付けなかった。要素的には舞城王太郎が読みたくなった。
ABCDと割り振られた同級生が繋がるGoogleドキュメントグループの現在の名前は「いつか殺す奴しりとり」。男性と思われるCは男性性の特性についての憤りや生きづらさに語る独白を長台詞するし、多くは文章と台詞の突飛で構成されていて、途中からついていけなかった。これは私には関係ないし興味がない話だから読み進める時間が勿体ない、と感じたのは久しぶりのこと。
※後日、追加書下ろしされた一篇であると知り、無意味感が推そう。
ポストモダン的であり、文芸に逃げている感じがし、ふくらみは感じなかったが、著者は1992年生まれで、才気走ってるというか、若いなという感じがさらに上塗り。2016年に短編「彼女をバスタブにいれて燃やす」が早稲田文学公募プロジェクトで最優秀作選出でデビュー、「ユキの異常な体質 または僕はどれほどお金がほしいか」で第二回ブックショートアワード受賞とのこと。麻布競馬場は1991年生まれだったか、タイトルの尖りが似た感じの印象、全体的に若い。
それでも恐らく唯一の男性作者が、シスターフッドをテーマにした本アンソロジーに追加参加した意義がどこにあり、その役割を果たせたのかは、考えてみても不明。
「リッキーたち」「未来は長く続く」「老いぼれを燃やせ」
選出三編だけでも読む価値あり!
全体的には及第点。装丁は可愛い、ラストに置いたアトウッド目当てで買い求めて、そこが不発でなかったことと、1編目に置かれた作品がテーマ・モチーフをわかりやすく一定の完成度で満たしていたために幸先が良かったが、2.3.4.6が微妙で中盤中弛みし、結構辛かった。
アンソロジーはテーマモチーフの統一や逆転も大事だが、編成も大事なのだなと読後思った。なかなか読まない形なので、当たり外れたくさんの著者の作品を読めたのは楽しかったが、やはり外れの作品を読んでる時間はつらい。
他作家との連名の短編アンソロジーは主眼の仕事ではないと思うが、それにしても自分の名前で出すのだからそれなりのものでなくして居並ぶ中で恥ずかしい気持ちはしないのだろうか。高名なアトウッドが現代的な期待をさらに上げる作品を読ませる土俵で、訳がわからない物を出す柚木麻子にはがっかり。後輩を引っ張る、現代を短く切り取る、新しい読者を広げる、それなりの気持ちがないと適当な仕事になるし、名が廃り、名が上がるのはそういう時。
1番面白かった韓国のソフトSFの「未来は長く続く」キム・ソンジュンの他著作を探したが翻訳済みの単行本が少なく、翻訳作品出版の難易度を感じつつ、ハン・ガンで興味を惹かれた韓国作家さんだなとも思う。最近話題の『わたしたちが光の早さで進めないなら』キム・チョヨプと共に、現代韓国はSFも盛況なのかな? 併せて注文してみました。日本のSFも一般的にはそこまでパッとせず、やはりアニメに流れていったきり、という印象があるけど韓国はどうなんだろうな。
次に読みたい作家やジャンルの道筋が見える、多数を読めるアンソロジーの醍醐味を少しは味わえたのではないか。多数作家の競い合いであるとともに、そうした企画と作家を口説きやる気にさせる意味でも、編集者や企画の意気や腕も感じるし、この企画性は個人作家や個人読者をつなぐ、出版社の役割の反映にも感じる。

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