(2012)
歌って踊るミュージカルというより、本作は極めてクラシカルなオペラ作品であり、全編を通して動きが弱く映像での見せ方が感じづらいので、映画に封じ込めたオペラ作品以上の印象は無い。
ただ古典名作を現代に蘇らせる過程において、ミュージカル調というのは急に歌い始める陽気さが退屈を和らげてくれるので、一定の効果がある事にはある。しかしその為にほぼ全編をオペラ場面で構築することが、尺以上の効果を上げていたかといえば腑に落ちない。
確かに歌は詩なので歌唱は雄弁だが、吐露により語らせすぎることで画面やプロットの意識が失われる。開戦の部分はやはり壮大だし緊張感があり、最後の一人が倒れる赤い旗の場面等は印象的で、ああいう絵や動き魅せる部分が本作には足りなかっただけに鮮烈だったように思う。
「市民は国王を殺した、革命を急ぎ過ぎた
自由のために戦った国で、今はパンのために戦ってる。
平等ってやつは死ぬまで与えられない」
原作は1862年のビクトル・ユゴーの同名小説。
ナポレオン没後の1815年10月から七月革命後の七月王政時代の六月暴動の翌年の1833年までの長い時系列を持つ大長編となっている。私が読んだのは十代なので細部までは覚えていないが、原作との相違は本作に特に感じなかった。
長大な原作の時間配分も問題ない。
終盤、バルジャン、コゼット、マリウス、彼の父の4人それぞれの愛の四重奏は効果的で感傷的。この部分もオペラ作品要素が生きている場面でよかったと思う。
指輪によりマリウスが自分を戦場から助け出したのは誰なのかを知るのは原作通りだった気がするけど、宿屋の夫婦二人の虚構性は上手く使っていて、映画的な魅力のある場面となっている。このコミカルさが他の部分でももう少しあったら全く違う魅力を帯びたと思う。
三年で戻るとか、一時間でいいとか言うくせに、バルジャン一切約束守らんやないかいと突っ込んだのだけど、原作もああいう台詞があったかどうかは記憶に自信がない。
哀れな人々という題名と、罪を背負った人間の人生を賭した償いの様は描かれてはいますが、名作古典と豪華な役者と製作費を使った上での映画作品としての魅力や威力という意味では弱い。
最後、革命賛歌の部分にバルジャンとフォンテーヌまで加わるのは若干疑問符ではあるものの、あの場面を結びに使うのであれば全編がほぼオペラであったことも仕方ないかもしれないと思えたし、一つの映画の作り方として大胆だったとは思うが、全体の構成はもっと良い見せ方が出来た気もして、勿体ない気持ちは残る。
俳優陣の役作りは素晴らしかった。
囚人時代と、心を入れ替えてマドレーヌ市長になってからのヒュー・ジャックマンの二面性は凄いし、彼が愛情をこめて育てたコゼットの光輝くような美しさは本作の光だ。青二才的に革命に生きたマリウスにも若い魅力があり、登場の尺が圧縮しているとはいえエポニーヌとガヴローシュも良い。
「俺と奴、法か善か」
「信じていた正義は闇に消えた」
罪人を追うジャベールの鼓舞と苦悩がオペラ部分の1つの見せ場になると思う、必見だ、2か所ある。立場や己の正義に挟まれて苦悩する部分は、現代的に見ても心理的に一番の狭間に立たされており、本作は聖人的なバルジャンよりもむしろジャベールに寄り添える作りとなっている。
フォンテーヌを演じたアン・ハサウェイが歌声から何から主役級に光っていて、悲哀の人生だったはずの彼女が浮かばれたのも主人公の生き様あってこそだと思うと、その円環は愛のテーマとも作品性虚構としても素晴らしい。本作にてアカデミー賞・ゴールデングローブ賞で助演女優賞をとったらしいですが、歌唱シーンがお見事でした。原作のフォンティーヌはそこまで出番が多くなかった気がするので、ここは映画版の効果か。
ミュージカル映画というよりもオペラ映画として全編ほとんどが歌唱により構成された本作は、観る人を選ぶかなと思いきや、原作が歌い上げるテーマは普遍的な人類愛や功罪ですので、ポピュラリティー的には保たれており、題材もパリにおける貧富と若者の革命なので共感は十二分に出来るはず。
何よりヒュー・ジャックマンの主人公然とした顔と存在感、誰もが同情したくなるアン・ハサウェイの貧困と憐憫に目を引く華、製作費が潤沢に仕える名作を採ったことによりセットも服飾も豪華で素晴らしいので、観て損はしないけど、特別な気持ちにもならない。それらを最大限に扱えた感動があるかと言われたら謎だし、2.5時間のうち退屈な時間がないわけでもない。
現代に名作を蘇らせ、歌い上げるという意味で、一定の価値は果たしている。
私は主演男優も助演女優も好きだし、原作小説も好きなので、そのぶんもっと特別な作品に仕上げてほしかった気持ちが強く、その分残念な気持ちが残るのかもしれない。こんなに素晴らしい俳優とセットや美術を使って、これか、という気持ちが強い。
恵まれた機会が素晴らしい作品を制作しうるわけではないことを実感する、創作はかように難しい。
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