G-40MCWJEVZR 休職と持続的世界の希望的循環『水車小屋のネネ』で大出世した津村記久子の芥川賞受賞作①『ポトスライムの舟』『サキの忘れもの』芥川賞で日本文学が読めるのか?⑤ - おひさまの図書館
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休職と持続的世界の希望的循環『水車小屋のネネ』で大出世した津村記久子の芥川賞受賞作①『ポトスライムの舟』『サキの忘れもの』芥川賞で日本文学が読めるのか?⑤

本筋

「芥川賞で日本文学が読めるのか」企画も5回目。
 2023年本屋大賞2位だった『水車小屋のネネ』の著者津村記久子。太宰治賞を受賞したデビュー作を改題して収録した『君は永遠にそいつらより若い』と、織田作之助賞を受賞した『ワーカーズ・ダイジェスト』が既読ながら、ブログ開設後は読んでいなかったため当ブログとしては初読み扱いの著者。

 

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受賞作『ポトスライムの舟』

 29歳で工場勤務のナガセは、かつての職場をパワハラで退職したのち無職期間を経て、契約社員の本業の傍らで友人の喫茶店でアルバイトなど掛け持ちしたりしており、ふと「自分の時間をお金で売っているだけ」のような気がする。ある日、自分の本業手取り年収と同じ金額で世界一周旅行に行けると知り、「一年間の本業勤務時間を世界一周旅行の費用に換金できる」と思いつき、副業アルバイトからの収入のみで生活し、一年間の本業給料には手をつけずに163万を貯める、と決意してからの支出計算と人助けの日々の記録を始める。

 著者の経歴に似通った「新卒で入社した会社で上司のパワハラにより(10か月)退社」という設定を持つ主人公が綴る本作は、実体験を基にしたものであることが伺える。労働や社会の荒波の渦中や脱却の時ではなく、やや癒された後に生活基盤としての現在の職場を見つけ、生きていける一旦を持てることに安定している状態からの脱却の後の希望などが主題となっている。
 現代的な疲労感と、本業と副業の掛け持ちで生活費やメンタルを保っている部分などは、労働からの脱走/副業社会の点滅/思考停止の快楽など多くを内包するが、そこまで主題性が強くないが、労働者の心理と日常を結んで何が描けるかの範囲は社会的範疇の価値はあるとは思う。
 受賞当時も派遣切りとかワーキングプア等の単語と共に並べられていた気がするので、そうした世相を映したものであると考えると、そこまでの素材、作品性を描けているとは言えないし、文庫版100ページの中編なので仕方がないが、自分の大事な素材と主題を使って、この密度と切れ味か、と思わなくもない。

 過去の自分を守り癒してくれた親や持ち家、職場の先輩に感謝しつつ、今度は自分が退職した友人や離婚した友人を実家に招き、癒やす立場になる。最低限の生活を確保した上で微妙に助け合い、癒し合う瞬間を描いた本作は、傷をえぐることもなければ脱力もなければ希望や主体性過ぎることもない、微妙な時期を描いている。
 無料で植物を育てて食費を浮かせられないのか、雨水を無料で貯水できないか、自分や友人の寝食を支えた雨宿り場所としての実家=持ち家(としての母親)などのモチーフも特に生きていないし、家庭菜園側に伸びて持続可能な希望性があるわけでもないし、いまいち抜けきらない。この筆致が目指した、届いた、場所とは? その読後感がこそ要のはず。

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女子的節約生活と人生の切り売り、上がり

 パワハラなどが凄かった会社の正社員雇用を辞めて、当時の同僚彼氏の無理解もあり別れたが、あの時結婚していたら良かったのか、という主人公の回顧に、2つのアンサーとして、子供を連れて離婚途中の再起を目指す友人と、子供が20歳になるまで離婚を我慢する同僚先輩が出たりする所でジェンダー要素を扱っているとも思えるが、そこも描き切らない。

 現在は昼に工場のラインとして働き、週6で18~21時の夕方3時間を時給850円の友人の喫茶店で働き、土曜は商工会議所にてお年寄りにpc教室、たまに在宅でデータ入力の副業もする、という主人公の現在の働き方が、無職期間があったことによる焦りという全般で片付けられており、複数の収入源や職場があることによる安心への渇望なのか、単純に小金を稼ぐことに必死なだけなのか、そのあたりの言語化がいまいちなので主体性が見えてこないが、働いていない時間が勿体ない、小銭にでもいいから変えなければ、と思う気持ちと、人生を切り売りして雨風を凌ぐために生きる今の価値、などが交錯する。

 アラサー女性が節約貯金生活と労働をする、という部分で『派遣社員あすみの家計簿』が思われたが、あそこまで可愛らしさ等の特徴もなければ、良い意味でのフィクション性やエンタメ性も強調されておらず、何にも特化していないゆえに何を描いているかは不明で、純文学的な何に特化した類でも社会派でもない当たり障りのなさと思える。
 例えば『派遣社員のあすみの家計簿』では、収入も支出も数字的に彼女が手書きで行っている自由帳のような家計簿にて明かされて行ったが、本作の主人公ナガセは金額と用途とメモのみを記入しており、俗物的に振り切ることも文芸上の効果にもなっているとも、個人的に思えず。
 母親との共同持ち家生活ではあるが、家賃や生活費の負担割合などの詳しい数字は明かされないし、喫茶店のアルバイトは1日2550円/週6月25日として63,750円+pc教室給料=生活費、の詳しい内訳も見えてこない。

 本作はお金を使わないで貯める側面が主人公を苦しめる場面が散見し、友人との会食で値段を気にする、交通費を気にする、記念のお土産を買わないようにするなどと、「お金を貯める=出費を気にする」がために自分の世界を狭める感覚があり、そのさもしさと、自分の手取り年収で世界一周という大きな気付きとの乖離があるが、そこを意識的に創作筆致出来ていないことがモチーフとテーマ性の不出来に繋がっているのかなと。
 あすみ側は「お金を貯める=働くこと」で自分の世界を広げる感覚があったし、単純に働くことで自らの生活を自らで築く心地や、恋愛や恋人にただ乗りするのではないポジティブの側面に光を当てている分かりやすさがあった。
 本作の主人公は、あくせく働いているが、163万貯めるために「友人の喫茶店アルバイトとpc教室の給料だけで生活する」とした、消費を抑えることを主眼に置く。ここは、本業である契約社員の本業勤務の手取り年収と世界旅行の金額の一致があり、本業収入の価値換算がモチーフにあるからなのだが、①自分価値の確認なのか、②本業価値の確認なのか、③副業収入の価値の確認なのか、軸やテーマがぶれているし、それによる主人公の複雑な内的多様性を描けている気配もないし、そこの所なのかなと。著者の文章は理知感的には結構微妙で、構想や技術的な面を含めても、小説家の才能とかは感じないが、解説ではその文芸上の技巧を褒められての受賞であったと書いてあって、その乖離もすごい、個人的には何も感じられなかった。
 三人称小説だと思うが、おおく文章にも思考性にも面白みも特化もない、ある意味で普遍的個人で、描写に値する人物像の構築が出来ているのか、出来ていないかもしれない可能性を著者自身は自覚的なうえで描いているのか、結構謎が多い。あすみの稼ぐ!楽しく稼ぐ!という成長戦に対し、消耗戦のポトスライムは、考え方の違い、性格の違いではあるが、内的個人の違いであり、単純に魅力的な個人の違いとも思うし、そうした消耗的な労働と人生を送る当時の等身大的若者に魅力や個性が乏しい、というまでに描き切れていると思えない所が問題。

現代女子の失恋からの立て直し=貯蓄、コツコツ可愛い節約生活『派遣社員あすみの家計簿』青木祐子
人生初書評に引用させて頂いた本作、やっと原作小説読みました。結婚詐欺により口座残高が427円になった主人公が、友人の助言に従い、自炊や節約、日雇いバイトや派遣労働に勤しむ日々。 ガツガツ働く、コツコツ貯める、いつもここから始められる人生の豊かさと個人の力強さの清々しさが私は好きですし、本作には節約生活を彩る可愛らしさがあるのも好み。 楽しく読めます。

ここでもみられるシスターフッド

 パワハラ職場から脱落した無職を経て、現在の掛け持ち労働形態に落ち着いている主人公が、職場のポスターで世界一周の価値と自分の労働の対等を発見する冒頭は鮮やか。そして物語が動き始めるのは、学生時代からの友人が子連れ離婚をもくろみ、金銭的なことを理由に主人公と母親が済む家にころがり混むところから。
 主人公の母親はバツイチで、働かない元夫からの養育費などはなかった。持ち家の修繕費などもある為、売って引っ越すか親子で思案中の現在ではあるものの、友人のはぐれ親子二人を間借りさせる空室はあるし、過去にも主人公の友人が退職したてのころに間借りさせていた過去を持つ。その時の恩で、主人公は現在彼女の経営する喫茶店のアルバイトにありついている。

 主人公と母親は母子家庭で肩を寄せ合って暮らしているし、そこに離婚予定の友人が夜逃げ同然で合流する。その娘と主人公の交流から題名に関するポトスライムの繁殖計画や、食べられる観葉植物の自由研究から持続可能な未来などのイメージは膨らむが、昇華不良。
 娘と主人公の母親との交流もまた、主人公と友人の娘、主人公と母親、等と重ねて、一時の養育と生涯の関係や血縁との違いなども描くが、そちらも微妙。

 本作には男性性は基本的には存在せず、登場人物のほとんどが女性、彼女らはみな助けあって暮らしており、良心的な作りになっている。枠外には、パワハラ上司、結婚前の貯蓄すら奪った形の友人の夫、主人公の父親で働かずに養育費すらい払わない元夫、等も存在するが、その影響はあまり感じられず、存在感や現実感としては希薄。女性同士の連帯も、間借りや共生なと交通費の貸し借りやお土産を買ってあげたり等、暮らしや金銭上以上には描かれない、基本的には淡泊。
 このあたりも多くは著者の表現力と筆力不足であり、やはり本作は基本的に何が描きたくて、その結果何を描けたのか、が希薄。友人や親というバラバラのアイテムを存在的に感じる、に留まる。

買い作家は誰だ? 10人が読めるアンソロジー・ダービー『覚醒するシスターフッド』アトウッド、柚木麻子、桐野夏生、サラ・カリー、キム・ソンジュン
マーガレット・アトウッドを筆頭に、柚木麻子、桐野夏生、サラ・カリー、キム・ソンジュンなど、女性作家を集めてシスターフッドのテーマのもとに編成されたアンソロジー。ただ感想を羅列するだけでは面白くない為、競争させてみました。あなたの順位はどうでしたか?

休職とポトスライム
持続可能的世界の希望的循環

 主人公は、無理をしていた生活のしわ寄せ、時間を惜しんで病院に行かなかったことで悪化した病気で数日休職、その間に振り込まれたボーナスで目標金額に届く、というご都合。
 本業は世界一周旅行を出来る金額の対価になる自信や、副業だけで生活できる実験、それ以上貯まったお金を友人や他人のために使う余裕が生まれる。その部分がある意味での成長であり、回復である、というのは分かる。 

 タイトルのポトスライムは植物で、植物に疎い私は全く知らなかったのですが、ポトスの1種類で、つる性の観葉植物ポトスは屋内外で栽培できる園芸初心者でも育てやすい植物だそう。
 サトイモ科エピプレムナム属の常緑つる性多年草で、暑さに強く寒さに弱いポトスの英名はゴールデンポトス、和名は黄金かずら。ライムグリーン単色のポトスライム、真緑のポトス・パーフェクトグリーン、白い葉に緑の班が混じるポトス・マーブルクイーン、葉が固いポトス・エンジョイなどの種類があり、ポトスライムには永遠の富や爽やかな明るさという花言葉があり、英名のゴールデンポトスなどと関係しているとのこと。

 主人公の実家で育てていた観葉植物のポトスライムは、繁殖も簡単だからと水差しで増やす計画を楽しむが、食用出来ないとのことで密かな野望が潰れて主人公は落胆する。アロエなど食用可能な観葉植物も存在するようだが、ポトスにはシュウ酸カルシウムが含まれており、これが口内や皮膚の粘膜を刺激するたため、嘔吐や皮膚炎、下痢や呼吸困難などを引き起こす可能性がある。

 なぜ実家でポトスライムを育てていたのかの経緯は語られないが、観葉植物の効能としての身近な植物の存在や成長の実感等、持続可能な無料の食糧にはならないが、ソフトパワーとしての心理的な活力とか希望性の暗喩と思われる。
 自由研究のミントや苺は楽しむ域にいっていてよいし、そのように生活の中で栽培や農作出来る植物の存在や可能性を感じる人生は爽やかで明るく、余裕がある感じがし、主人公の日々や離婚前後の友人の日々に彩りを与える。
 植物や持続可能な、生活と人類性などでは『オーバーストーリー』を思わせるし、タイトルに関連し、根暗な本作に爽やかさをモチーフ性を与えている部分。食べられないためにやる気は失ったり、食べられる植物の研究等、このあたりは人類のための伐採の規模に対し、生活節約のための家庭菜園は対比にもなるし、ともに植物や自然に対する自己満足の規模スケールの違いであるとも。
 節約生活の家庭菜園やリボベジ考えれば、豆苗がモチーフだった「凪のお暇」も思い出す。

冗長感動小説『わたしを離さないで』を思い出すつまらなさ、植物小説と気候文学で見る『菜食主義者』と『オーバーストーリー』リチャード・パワーズ②
十年ぶりのリチャード・パワーズとして前回『囚人のジレンマ』を読んだが、個人的に趣味ではないポストモダンについて考えたり、パワーズの作家性に不安になったりしながら、今回は二冊目。 私の杞憂をあっさり覆しながら、主題や志向性が文学性にとっていか...

 回復期を終えた後の働く意義や生活の意義の転換期に差し掛かった時期を描いた受賞作「ポトスライムの舟」に対し、上司からのハラスメントに苦しむ退職前の苦渋や低迷期である「十二月の窓辺」が置かれ、1冊に収録されている。
 その経過として、低迷の無職時期の後悔や自信喪失を埋めるようにして時間を賃金に変えて暮らすことをベースにし過ぎていたからこそ、働く意義や意味を見失ってしまった、という頃が本作のスタート。精神的に病まず、無職期間を経ていなければ、起きなかった時期の1幕だと思われる。
 新しく伸びる、水を吸う、自然と伸びて成長していく、その植物の様が希望的であるのは、生命力や独自性としての自然性であるし、ある意味で意義や感情や自律に左右されない植物性であり非人間性という意味で、『菜食主義者』にも通じるところがあり、あちらはジェンダーや社会的立場における暴力性と非暴力性でもってテーマ表現をしたが、本作ではパワハラで奪われた精根からの回復や自助生成みたいなものが希望的に映る、やはり回復期からの転換期、そして成長期へ至る場面。

 そして、自分と、友人二人の回復期を支えた、雨風を凌ぎ寝食う行う屋根としての持ち家、家族や共存、友人や先輩、等といった要素は、かけがえのないものであるという落ち着きと、その友人関係や親子関係で表したりもする。ここがタイトルの舟で、乗る、自分の舟で漕ぐ、他人の舟に乗る、モチーフの発端は、世界旅行を行うクルーズ船ではなく、同じポスターに載っていたカヌーのはずで、「流れに逆らうんではなく、波に乗る力に長けてて、ひっくり返りにくいシングルアウトリリガーカヌー」。

 あれと結婚してたら、もう孫ぐらい作ってやれてんのかなあ、と思う。恵奈の相手をしている母親を見ながら、ナガセはときどき、女の子供の親孝行は結局、真面目に働くことなどではなく、手頃な男を見つけて安泰な結婚をすることなのではないかと考えていた。母親自身が離婚を選んでいたとしても、女が結婚によって身分の安定を得るのは反論しがたい人類の自明のことであるからしあて、母親はやはりそれを望んでいると思っていた。
 でも結婚より、わたしは家を回収したい。それか、世界一周の船に乗って、パプアニューギニアでアウトリガーカヌーに乗りたい。

p83

 

受賞作の書評

 当時著者30歳、結構早くとってる。

 ちなみに2度候補になってから、3度目に受賞。
①「カソウスキの行方ゆくえ」(『群像』2007年9月号)
池澤夏樹「なぜか最近の候補作には、寝そうで寝ない男女の仲をゆるゆると書いた話が多い。」「小説というのはもっと仕掛けるものではないか。」
山田詠美「本来、漢字、平仮名で表記する言葉を片仮名にして雰囲気を持たせるやり方は、もう、ちょっと古い。そして、ちょっと古いものは、一番、古臭い。」

 全体的に言及は少なめ、少ない中でもわりと酷評。

②「婚礼こんれい葬礼そうれい、その」(『文學界』2008年3月号)
石原慎太郎「一種の現代風俗を描いた作品だが、それにしても題名に、『その他』とつける神経はいかなることか。」
黒井千次「ドタバタのエネルギーとユーモアに興味を覚える。」
宮本輝「(引用者注:「眼と太陽」と共に)多少の高い点をつけたが、あくまでも多少であって、受賞作に推せるほどではなかった。」「律儀でお人好しな主人公が一日のうちに経験する婚礼と葬礼は丁寧に描かれているのに、肝腎の「その他」に筆が届いていないのだ。」

 まだ別に褒めてはいない、9名中4名が0行で言及も少なめ。

③「ポトスライムのふね」(『群像』2008年11月号)
宮本輝◎「大仕掛けではない小説だけに、機微のうねりを活写する手腕の裏には、まだ三十歳の作者が内蔵する世界の豊かさを感じざるを得ない。春秋に富む才能だと思う。」
山田詠美◎「目新しい風俗など何も描写されていないのに、今の時代を感じさせる。と、同時に普遍性もまた獲得し得た上等な仕事。『蟹工船』より、こっちでしょう。」
川上弘美○「揺れていない。「このように書こう」として、ちゃんと「このように書いている」。」「どんなことを書こうという時も、ごまかさず最後まで詰めて考え、書き表しているから、だと思います。」「わたしは「女の庭」と「ポトスライムの舟」を、少しずつ推しました。」
小川洋子△「津村さんはこれからどんどん書いてゆくだろう。それは間違いないことであるし、一番大事なことである。」
池澤夏樹□「巧緻な作品である。」「ぼくには(引用者注:主人公の女性)ナガセが生活の優等生のように見えた。作者もまた細部まで計算の行き届いた優等生、というのは言い過ぎだろうか。問題はこの生きかたを肯定する今の社会の側にあるのだから。」「うまいことは認める。しかし、みんな、こんなに内向きでいいのか?」
石原慎太郎□「無劇性の劇ともいうべき、盛りをすぎた独身女性の日々の生活の根底に漂う空しさを淡々と描いていて、」「私としてはこの作者の次の作品を見て評価を決めたいと思っていたが、他の作品のあまりの酷さに、相対的に繰り上げての当選ということにした。」

 私は推していない、少しずつ推した、他の作品のあまりのひどさ、と
 消去法の繰り上げ当選の感。単作としての威力とは読めない、そりゃそうだ。

著作列

 1978年1月生まれ

2005年『君は永遠にそいつらより若い』
    太宰治賞受賞「マンイーター」を改題。 
2008年『カソウスキの行方』芥川賞候補①
    『ミュージック・ブレス・ユー!!』野間文芸新人賞
   『婚礼、葬礼、その他』芥川賞候補②
   『アレグリアとは仕事はできない』
2009年『八番筋カウンシル』
    『ポトスライムの舟』芥川賞受賞
2011年『ワーカーズ・ダイジェスト』織田作之助賞
    『まともな家の子供はいない』
2012年『とにかくうちに帰ります』
    『ウエストウイング』
2013年『これからお祈りにいきます』
    『ポースケ』
2014年『エヴリシング・フロウズ』
2015年『この世にたやすい仕事はない』芸術選奨新人賞
2016年『浮遊霊ブラジル』紫式部文学賞
2018年『ディス・イズ・ザ・デイ』
2020年『サキの忘れ物』
2021年『つまらない住宅地のすべての家』
    『現代生活独習ノート』
2023年『水車小屋のネネ』谷崎潤一郎賞
    初出:『毎日新聞』夕刊
    2021年7月1日 – 2022年7月8日連載
2024年『うそコンシェルジュ』

『サキの忘れ物』

短篇集。収録作:「サキの忘れ物」「王国」「ペチュニアフォールを知る二十の名所」「喫茶店の周波数」「Sさんの再訪」「行列」「河川敷のガゼル」「真夜中をさまようゲームブック」「隣のビル」

 かろうじて表題作の一編目は読める。時給850円は著者のアルバイトの感覚なのだなということがポトスライムと被るが、ポトスライム発表の2009年の非正規平均時給は東京都で961円、本作『サキの忘れ物』が出版された2020年の平均時給は1,129円、主人公が850円で働かされていたのは作中経過を含む10年前なので、許容範囲ではあるものの、数字はもうすこしいじっても良かったのかなと思ったり、物価や非正規雇用の需要の高さを感じたりもした。ちなみに2025年5月の全国平均時給1303円、3カ月連続で増加し初の1,300円台に。
 炭鉱の話で水車小屋という単語が出てきてネネに繋がる。とは感じるが、全体的に「書こう」と思って書いた小噺であり、そんなのは今村夏子だけで十分だし、書かないと食べられないのは分かるが、微妙な心持ち。勿論作家も食べていかなくてはならない、でも完成度や成長性を無視して、数を書くことの意義にまだ納得がいかない。

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 巻末解説に都甲幸治の名前を見つけて、え、なんでアメリカ文学系の方の名前が?と思ったら、サキの短篇集と重ねて語る為の依頼で、上手いなと思った。が、単独での本作への感想を占める解説冒頭は滑りも悪いし密度もなくて、比較やフィルターとして被せてからの読み方としてはなるほどなと。
 個人的にはつまらない本著にもこんな読み方をすれば浮かびあがるものもあるのか、の一考にはなったが、それにしてもこんな読後感は私にはなかったし美化しすぎに感じる。
 関係はないですが、この項を書くに当たり都甲幸治さんを検索すると、訳書が意外と少なくてジュノ・ディアス『オスカー・ワオの短く凄まじい人生』『こうしてお前は彼女にフラれる』、ドン・デリーロ『天使エスメラルダ 9つの物語』『ポイント・オメガ』『ホワイトノイズ』、チャールズ・ブコウスキー『郵便局』が並んでいて、アメリカ文学に戻りたくもなったし、エスメラルダがドン・デリーロだったことを知って意外。既読にマーカーして、また世界文学旅行アメリカ編2部が楽しみ。

※ジュノ・ディアスはラテンアメリカとアメリカの系譜
※思考停止の快楽にて言及
>ドン・デリーロ『ホワイト・ノイズ』:消費文化に囲まれた日常の不安と死の意識。
※文学史におけるポストモダン、重要なポストモダン作家たち、にて
 デリーロ :メディアと死、ノイズと意味の消失

【図書】歴史的虐殺モチーフを片道切符に「ラテンアメリカ文学を旅する58章」
装丁は微妙ですが、本書の旅行感はとても楽しいし、創作技術や批評言語ばかりによらずに、何人もの筆者の密度ある文章が続くラテンアメリカ文学の手引き、とても面白く読みました。 これからラテンアメリカ文学読んでいきたいな、と思う方はぜひ私のブログと...
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世界文学旅行企画、第二弾はみんな大好きアメリカ!! 本当に好き?現代の中心地なだけで、私はあまり好みではない、でも20歳前後に『エコー・メイカー』を読んで面白かったパワーズは印象的だったので、今回彼の作品の中から『囚人のジレンマ』を読んだら...

266>表題作で言及されているサキの短篇は、いずれも境界線をめぐる話である。「肥った牡牛」では、庭に侵入してきた牛が、画家に追われて家の中まで入ってきてしまう。「開いた窓」では冥界からやってきたらしい男たちが猟銃をかかえて、10月でも開け放たれた窓から屋敷に入ってこようとする。「ビザンチン風オムレツ」では、大金持ちの邸宅で複数の労働組合がストを起こし、主人と使用人の境界線がめちゃくちゃになる。
 そしてまた、本書に収録された作品でも境界は侵犯され続ける。「喫茶店の周波数」では、職場で上司に安い文房具をどんどん持っていかれるという挿話が語られる。「Sさんの再訪」で夫は、他の女と関係して妻を恫喝しては優しい言葉をかける。「河川敷のガゼル」では、日本の普通の街に突然現われたガゼルが河原の柵に囲い込まれ、多くの人にじっと見られ続ける。
 愛や友情、職業倫理などといった、一見美しい理屈を道具として用いながら、人は他の人をどのように支配し、利用するのか。そのようにして踏みにじられた人々はどう苦しむのか。そして、自分を取り戻し、再び自他の境界線を引き直すためには、人はどう変わればいいのかを、津村記久子は本書で探求し続けているように見える。

解説:都甲幸治p266

着眼は良いが、表現力も社会性も未熟

 世界旅行=手取り年収の着眼は良いが、それをさらにキャッチ―に展開するには中間小説的実力が足らないし、節約生活を面白くも苦しくも表現しきれていないのは完全に作家的実力不足を感じさせる。
 デビュー作は割とテーマ的で面白かったが、確か『ワーカーズ・ダイジェスト』も、織田作之助賞を受賞しているし面白いものが読めるかも、と思わせる設定で、それ以上の伸びが作品には無かった。受賞作はポトスライムと無料で手に入る雨水など、持続可能なモチーフ性や持ち家などの要素と含めて、ナチュラル要素を入れて機微もある気もするが、結局は普遍的な着地点で、いまいちどこにも伸び切らない。本屋大賞2位(1位は成瀬)の『水車小屋のネネ』が話題になっているのを見ていて、あの作者が?と思っていたが、ここからそこまで跳ねる印象はまだない。
 純文学的にとか文芸芸術的にとか、そういった価値も感じなかったし、著作列を見てもこの作者は純文学系よりも中間小説的素養だあると思うのだが、どちらを期待して読んでも結構肩透かしがある気がするのだが、どうだろう? 受賞歴が華々しすぎて内実が伴っていないのではないか、という疑念を、かつて読んだ20歳頃に思い、今回もその感想は変わらなかったが、ぜひ次回読予定の『水車小屋のネネ』で払拭してほしい、と思いはする。
 設定の面白みは中間小説的、ここは着眼や素材センスだし、全面に押し出す外的イメージの商業センスだと思うが、それを期待していざ読んでの肩透かしは、文章力や、芸術性の実力だと言うのであれば際立つ華がないということだと思うし、やはりなんとなく会社員を10年勤め、その間にパワハラや社会人経験があることが自負だし興味なのだと思うが、それが作品性に生きており独自性の武器にまでものにしているのか、というところには疑問符。まだ揺らぎ状態にあるそんな作家性に、華々しい受賞歴を付けてしまうと一般読者との乖離があると思うし、いざ手に取ってもらえた時に落胆させるだけで、逆に芥川賞受賞という冠はない方が良いのではとすら。途中まで『水車小屋のネネ』を読む限り、どう考えてこの著者は芸術性や文芸性に寄った作家性であるとは到底思えないので、私の読みが浅いのではないかとの疑念を持って、次回深掘っていきたい。

 今村夏子から続いて現代作家、特に芥川賞系の作家が芸術や創作が適当な生産性や才能で稼いで食べていくのが大変なこと、生活のための仕事が必要とは普遍的なテーマだが、これは現代の職業的作家、特に文学性や文芸性の上での作家性のこれらについて主題とも思えるテーマ。
 主題や虚構創作性がある作家性、その価値。デビュー作にはそれがあると感じて以降の成れの果て。
 芥川賞作家や文芸の一般化は嬉しいが、真価や本質を薄めてまで得るものだとは私は思わない。

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