村田沙耶香『丸の内魔法少女ミラクリーナ』
幻想・大人になること・現代日本を生き抜く日常
<English Summary>
This article examines Marunouchi Magical Girl Miracleana, a short story collection by Sayaka Murata, one of the most distinctive voices in contemporary Japanese literature. Best known internationally for Convenience Store Woman, Murata once again explores the tension between social conformity and private imagination.
The title story follows a woman in her thirties who navigates the pressures of work, aging, and relationships while secretly sustaining herself through fantasies inspired by magical-girl narratives. By blending ordinary corporate life with elements of childhood imagination, Murata portrays the emotional strategies people use to survive modern adulthood.
The article highlights both the charm and limitations of the collection, arguing that its greatest strength lies in its depiction of how fantasy can coexist with everyday reality. Through humor, loneliness, and friendship, Marunouchi Magical Girl Miracleana explores the fragile boundaries between social expectations and personal freedom.
本記事は、現代日本文学を代表する作家の一人である村田沙耶香の短編集『丸の内魔法少女ミラクリーナ』を考察する。国際的には『コンビニ人間』で知られる村田は、本作でも社会への適応と個人の内面的想像力との緊張関係を描いている。
表題作では、30代女性会社員が仕事や加齢、人間関係の重圧を抱えながらも、「魔法少女」の幻想を心の支えとして生きる姿が描かれる。子ども時代の想像力と企業社会の日常を重ね合わせることで、現代人が大人として生き延びるための感情的戦略を表現している。
本記事は、この短編集の魅力と限界の両方に触れつつ、その最大の価値が「幻想と現実の共存」を描いている点にあると論じる。ユーモア、孤独、友情を通じて、本作は社会的期待と個人の自由のあいだにある繊細な境界線を探求している。
**Support with a like↓**
月1ドルからの支援はサイトの維持費やお菓子代になります
『コンビニ人間』(2016)であれだけの完成度とテーマ性を誇った作者の作品の中でも、タイトルと装丁でひときわ目を引く本作(2020)。4編からなる短篇集で、表題作は「魔法少女 × OL」の組み合わせは虚構性で見れば日本文化として独自性があるし、『コンビニ人間』以後の村田沙耶香をどう読むかというテーマで見ることも可能。女性と労働/社会適応/想像力による生存戦略/日本的ポップカルチャーで見れば、この普遍的なそざいを平然と芥川賞作家が選べる部分が村田の強みだなと感じるが、本作はそのパッケージ性ほどは強力な中身を持たない。
4編目は作家の底知れ無さを感じる、その意味で『コンビニ人間』と労働/ジェンダーと都市生活/社会適応などの要素が著者の作家性であるところ、磨き上げられた完成度や虚構性キャッチ―の可能性は感じないでもない。
芥川賞作家の短篇集
物欲丸出しのコーディネートをしている自分は、こうしてみると、ごくごく普通の、少し浪費癖がありそうな三十代の女性会社員だ。こういう人間がかばんの中に秘密のコンパクトを入れているのだから、人は見た目ではわからない。でも、本当はみんなかばんの中にそんな秘密を潜ませているのかもしれない。つり皮につかまって喋っている50歳くらいのおじさん二人はほんとはなんとかレンジャーのレッドとブルーで、あのくたびれた背広の袖から見えている銀色の腕時計で変身するのかもしれないし、そこでぼんやり外を見ているおばあさんは本当は改造人間のなんとかライダーで、これからカーディガンに隠れたピカピカのベルトで変身して敵を倒しに行くのかもしれない。本物じゃなくても、そういう妄想をしながら生きている人なのかもしれない。 そうだといいな、と思ってみていると、白髪頭のレッドとブルーが返信用の腕時計を見て目配せをしている気がした。敵に向かって走っていく二人を想像していると、ドアが開き、銀座駅だというアナウンスが流れた。
丸の内魔法少女ミラクリーナ
四編から短篇集。表題作の「丸の内魔法少女ミラクリーナ」は、手に入る自由が増え、仕事や人生に対しての考え方も肌もくたびれて乾燥し始める三十代のどこにでもある女性の心地を下地に、誰もが子供時代に通った特撮やヒーロー・ヒロイン物の虚構性をかぶせて毎日を楽しく過ごすことだってありだよね、という趣味を持つ主人公と、その小学生時代の相棒”マジカルレイミー”ことレイコと喧嘩中の恋人との転結を描いた作品。劇画部分に注力して膨らませてしまえば深夜ドラマにでもすぐなりそうなチープさはいいし、子供心が夢見た明るく元気な夢の力と今後も続く友情を絡ませる少女性は読んでいて微笑ましい。
創作的なことを言えば題名の丸の内感が弱く、同時に所詮中短編になっているので、変身コンパクトや相棒のブタのぬいいぐるみ”ポムポム”が力を失う前後の主人公の現実面とさらなる丸の内物語や、東京駅のパトロール部分他をもう少し膨らませた方が創作的であって、現在のままだと題名のための単語の域を出ずやや残念。全体的に少し疲弊しすぎな三十代女性像だなとは思うので、丸の内OLのその内情や現代性を包んで主人公を描く面にもう少しの厚みがあれば、需要も虚構性も広がりもっと面白く読めたのではないかなと思う。森見登美彦なんかに書かせたらとびきりの魔法少女が読めるはず。そういう濃密で明確な世界観を持たせることが可能な虚構性と現代性を持つモチーフなだけに残念。
他三篇は「秘密の花園」「無性教室」「変容」。
小説を読んでいると、まあこんなことはしょっちゅうある
あんな作品をものにした作家が、なぜこれを書くのか、とびっくりする時がある。代表作があるのもわかる、作者であればコンビニというモチーフは大事なのであろうことが経歴からもわかる、だから思いれも知識も集中力もつぎ込めるのがわかる、でもそれで感動して次の作品をとる読者を、落胆させるような読書をさせてしまうのは罪だ。せめて著作列の以後の作品である自覚をもって執筆と出版を行ってもらわないと、読者は小説や作家名の何を信じて安心して作品を選びをすればいいのかわからない。私たちはまた迷子になってしまう。
短編集と長編が違うのはわかる、基本的に短編を主戦場にしている作家でないのであれば、短編集は息抜きであるし、テーマモチーフは小粒、技術的な小説の側面が強くなるはずで、長編の力作と比べるのは多くの面で無理があるのもわかる。しかししこれはあまりにもどうだ? 各作品を貫くテーマやモチーフによる連帯と連作が真骨頂だと思うが私は本作が一冊にまとめられる意義が見つけられなかった。
一編目、二編目を読む限り、女児と現実、性別と理想、そいういう女性性のサブカルチックな短編集なのだなと読ませつつ、モチーフ観点は悪くないが作り込みが弱い二編を思って、三編目の「無性教室」は少しの厚みと感慨をもって読み進めることができる、そして来る最後の四編目の様子は序盤からおかしい。
恋愛やセックスに興味がなくなる、怒りの感情がなくなる、などの世代や人間性における変容という普遍的なテーマを持ちつつ、途中から三十年後の20歳のスタンダードモデルをディスカッションして、人間の流行を決めるのも選ばれた人間たちがしていたこと、のようなフィクション性が見事にパブスピホムパ(パブリック・ネクスト・スピリット・プライオリティ・ホームパーティ)の異様さとともに絡まって、頭がくらくらしながらもうごめき混乱する世界観を作り上げて、最後の主人公の心地と彼女が見る川上さんをくっきりと浮かび上がらせるところなどは舌を巻くほかなかった。小説ならではの濃密な酩酊感がそこにはある。
これを書きたいがための短編集だった、と思えないところが、本作のまとまりのなさによるし、一編目は以後記述する題名や創作的なキャッチ―さに由来するのかなと思うが、あとの二つはどうにも捉えようがない。この短編集はいったい何だったのか?
時に題名に興味がない作家なのだな、ともここで確信する。秘密の花園、無性教室、変容って。
ただ、虚構性のキャッチ―や魔法少女選択などから、現代適応や商業性路線に興味や野心がないとは思われないし、日本における文学や純文学の立ち位置・その自覚性や拡張性なのかなあ。他の著作を見るとここまでキャッチ―な題名は見つからず、どちらかといえば他3篇のような無機質なタイトルの方が目立つから、個人的には『コンビニ人間』『魔法少女ミラクリーナ』などの軽妙なパッケージ性は好きなのだけど、今作はその虚構性に価値を見出しきれていない作家性が思われて、表題作に据えただけ勿体ない冠が目立った。四編目は間違いなく面白くて、どうしてこれを長編で書いてくれないのかがわからず悔しい。その後このテーマモチーフで何か書いてくれていないかと作者の著作列を確認するが、2020年に発行された本作の後に出ているのは2022年の「信仰」のみで、どうなのかなと思いつつ、しかしまたこんな題名をつけやがって、とも思う。
『コンビニ人間』はほんとにおもしろいです!!

(文庫版の装丁が本当に可愛いので、私もアイキャッチ画像にブログ開設以降初めて力入れました。題名も装丁も作品を形作る一つ、私は重視しています↓)


コメント