G-40MCWJEVZR 「海の見える街」畑野智美 - おひさまの図書館
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「海の見える街」畑野智美

現代国内

 いつものパンが売り切れていた。


 書き出しは良い、途中まで面白く読める。
 主人公となる四人の男女は一階に喫茶店、二階に市立図書館、三階に児童館を入れた市民センター内で働いている。
 四編からなる連作中編集のような作りになっていて、各編はそれぞれの一人称で語られる。

 一編目では登場人物や舞台となる職場の大まかな説明を通して彼らの生活を描写していく。
 読書好きであれば一度は利用したことがある図書館でのお仕事ではあるが、題材ほどは書きこまれない。データ管理や図書勤務においてもデジタル化の波があることや、本の修繕や催し物の企画などのどかな業務が雰囲気上登場したりするが、図書館職員の正規雇用者の多くは司書資格を持っているが、持っていない非常勤やパートのおばちゃんや派遣さんは専用デスクは用意されないなどの局地的な小ネタやがちりばめられる程度に終わる。
 三種の複合施設内の人物関係は単純で、若い人たちは狭い職場内での恋愛のことにしか興味がないようで、産休で抜けた女性の代わりに入ってきた派遣社員の女性が彼らの日常を変えていくとすら明文化されているくらいには狭すぎる世界で恋愛のことしか考えておらず、既婚者や年老いた職員たちはそんな彼らを温かく見守る微笑ましい世界観を形作っている。
 多分図書館業務は暇だろうし、非営利な環境で、勤労意欲とかも感じられない日常の描写が続く。だから恋愛や人間関係くらいしか興味の対象がないのかしらと思わせる、その安穏とした雰囲気を一時的に崩すのが、児童館のアルバイト大学生が施設利用女児にいたずらをしたことから始まる不祥事で、これは公的な機関では由々しきことだろうし周辺住民からの印象からしても大きな問題だ。その前後からして、主要人物の一人である男性の児童館職員は小児性愛者と記述されて、業務中に館内のPCで中学生女子の写真を見漁っている。これはとても緊張感のある設定で、よくこれを放り込んだなと序盤は思っていたが、このテーマに関しては中盤以降に本人を主人公として語られる章にてある一定の創作的にもピークを作ってくれる。むしろ本作はこの人物を中心にした部分にしかテーマモチーフ的なものがなかったとすら思う。作中唯一の目立った彼らの仕事ぶりとして映画上映があり、そこでは四人のうちの一人の女性が地元に勤務するがゆえに学生時代の苦い記憶に遭遇したりもするのだけど、多くは語られない。

 アナベルとロリータを模した運命的少女に対しての憧憬を語る前述の男性や、太宰治が初恋だという変わり者の女性が出てきたり、本作は図書館を舞台にしているだけあって、実在の創作物の題名や登場人物の名前が散見されるが、先の二つ以外は特に描写もなされずに進む。のだめカンタービレ、宇宙兄弟など実在のフィクションも題名だけ登場し、絵本群からはきかんしゃトーマスやピーターラビットなど絵本も登場するが、名前だけが素通りしていく。
 冒頭で触れたパン屋さんのカレーパンやマドレーヌやチョコデニッシュ、彼らの職場の一階にある喫茶店ではナポリタンやコーヒーが登場するし、おしゃれなお店でのパンケーキやシーザーサラダ、各家族が振舞ってくれる稲荷ずしや生姜焼きや塩をかけただけのトマト、ハンバーグ、彼が友人の為に作るおかゆだとか、彼女が友人たちの為に作るカレーなども登場するが、どれもその名詞だけで描写もない。これは最近の作品だと食事自体をエンタメにしてしまっている風もある創作性に対して珍しいなと思うが、この作品は2012年に刊行されており、2010年にデビューした作者の産声間もないころの作品らしい。

 唯一モチーフとして多少描写されるのが各編タイトルにも使われている動物たちで、四人の男女それぞれが飼っていたりまつわる、インコ、カメ、金魚、ウサギ、等が登場する。小児愛者の章の創作的な魅力にもなっているし、ウサギとインコは最初と最後の二人の恋を応援しているが、それらも頭数登場するわりにはやはりあまり効果を持っているとは思えない。
 ではこの作品はあれこれ集めてきて、果たして何がしたかったのか。

 この街でなら、明日が変わる。
 海が見える市立図書館で働く20、30代の四人の男女を、誰も書けない筆致で紡ぐ傑作連作中編集
 マメルリハ 7月、僕らの変わらない日常に変化が起きた
 ハナビ   11月、わたしの周りで違う何かが起きている
 金魚すくい 2月、俺はまた理解されずに、彼女を待つ
 肉くいうさぎ 5月、わたしの誕生日を祝う人がいる街で
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 あらゆる恋愛は、奇跡だ。
 2015年、最高の恋愛小説はコレだ!
 海の見える市立図書館で司書としては働く31歳の本田。十年も片思いだった相手に失恋した七月、一年契約の職員の春香がやってきた。本に興味もなく、周囲とぶつかる彼女に振り回される日々。けれど、海の色と季節の変化とともに彼の日常も変わり始める。注目作家が繊細な筆致で描く、大人のための恋愛小説。
 変わらない毎日も、愛しい。
 でも、誰かと出会って変わっていく毎日も、悪くない。
 海の見える市立図書館で働く四人の男女の物語。

公式説明文

 この文章で本当に売り出す気があったのかは甚だ疑問だ。
 まず大人のための恋愛小説では全くなかった。それぞれが思春期的な自我からの脱皮を描いている意味では、サブカルに染まった四人がやっと大人になる遅すぎる春という感じだった気がする。拗らせに拗らせたみなさんを面白く描くこともできたはずだが、本作は彼らをそれほどまでには書き込まない。唯一書き込まれているのが小児性愛の男性だし、この三編目だけ独立したかのような文章の濃さもあった。それに関わる変わり者の女性の変わり者が故の学生時代の苦さが、大人になり地域職員になってからどのように消化されるのか、の部分は上手く扱えば市民施設を舞台にした設定も生きてくるし、社会人になってから学生時代の自分を浄化する良いテーマにもなりえたと思うが、二編目を預かる彼女はそれほどには描かれずに終える。

 そしてその年の最高の恋愛小説、という文言も大問題だと思う。
 前述したとおり、これは市民センタ―内の職場恋愛に重きを置いて働く方々の日常を描いた作品で、出来事も登場人物も多くないので、適齢期に近くにいた人と友達や恋人になることにした以上の経過が見えてこない。それでは読者も特別な情感を持ちようがない。海が見える街、狭い金魚鉢の中でお互いしか相手がいなかったからの、閉塞的な思春期ならまだ絵になるが、年恰好の設定のみを上げた25歳と32歳の男女でこれをやるだけで最高の恋愛小説と言われるときつい。
 十年も前に読んだので記憶は曖昧なのだけれど、作者のデビュー作は恋愛小説ではなかったはずで、現代の女性作家では珍しいなと印象に残っていた気がするので、作者も別に恋愛小説が書きたいわけでもないと思うし、苦心して書いたのかもしれないとすら思う。だから青い鳥なんていう幸せモチーフを繰り出したのだと思いたい。

 では逆にこれが恋愛主眼の小説ではなかった場合に、本作の魅力はどこにあったのかを考えると、まず題名が浮かぶ。
 採用されている「海の見える街」はジブリ映画で扱われる久石譲の曲名に酷似している。パン屋、その近所のアパートに住むことにした本作の中心人物、自転車、海が見える街、多彩な動物、温かい人々。魔女の宅急便という作品名や作中モチーフは本作でも何度か扱われているが、創作的な配置の掛け合わせも魅力の濃さもないので、疑問だけが残る。
 思えば最後の場面は違うジブリ作品のラストシーンを思い出させる締めをしており、そちらでは図書館が重要な要素になるので、本作はとっ散らかっている印象も受けるし、実は魔女の宅急便だけでなく複数作品を模しているのだとすれば、何に偏ることもないこの作品独自の点を見つめた題名をつけてあげればよく、その焦点を作者自身が見据えられずに恋愛小説と有名作品に流れた結果の安易が、この作品の完成度にも思える。
 海のある街と図書館という分かりやすく虚構的な魅力を舞台に、そんな狭い世界に閉じ込められた大人をテーマモチーフとして、地域職員や非正規雇用、小児性愛者の児童館勤め、発展性の無い職種と出会いの少ない職場、恋愛経験と社会人経験の不足と克服の機会に乏しい狭い世界観などを使った、ジブリの大人版オマージュ作品だと明確にしてしまえばむしろ創作意欲的な話題性にもなるし、舞台設定は整っていてモチーフも豊富にあるので料理の仕方を意識すれば面白くもなったはずだし、売り出しもしやすかったと思う。何より、もっと巨大コンテンツでも意識して背筋を伸ばすべきだった。
 閉じた本を売る時、創作の外側はもう商業のはずだ。そして商業は消費者と結びつくから、結果的に商業性は読者に信頼と成功あるいはその逆の結果をもたらす。読書という消費行動についても同様だ。

 先に触れたように本作は2012年に刊行されており、前回扱った「神さまを待っている」が2018年なので、この間の作者や作品の伸びを感じる意味では読むのも悪くはなかったかなと思う。創作技術や完成度に問題があっただけで、モチーフを拾い集めてくる意欲は感じるし、不慣れな恋愛小説を豊かに書いてみようとあれこれ手を出した結果ふんわりした何かが書けた、と言う感じの、何よりこれは昔の作品だ。
 これが最高の恋愛小説なのであれば私はもう恋愛小説は読まなくていいし、著者がその時の精一杯で書いた小説を売り出す側の人間は、作中の彼らのようなのどかな非営利職員ではないのだから、もう少し本気で作品を読んで読者を裏切らずに、印象的な文章で飾り付けをしてあげてほしいし、適切な売り方をしてあげて欲しい。
 文学と商業とは異なるとは思う、でも読まれるための戦略としての商業性や、読むための魅力としての創作性はあるべきだし、少なくとも、この作品にしてあげられることは他にももっとあった。

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