ラテンアメリカ文学への手引き、二冊目。
前回の「ラテンアメリカ文学を旅する58章」が地政学的な情報量を含めた語りだったのと、多様や筆者による群像的な塊であったのに対し、本書は単独筆者によるフィクション批評であり、馴染みがある系統の為にするする読めてしまう反面、どこか単調で、近年からガルシア・マルケスに向かって終息していく構成により時代を感じさせもするのだが、100人も文芸作家の批評が続くだけだと飽きてもくる。
ブーム以後のラテンアメリカ文学、ガルシア・マルケスのあとのロベルト・ボラーニョ、その後を待望する読者や批評家の期待、というラテンアメリカ文学史の続編的な目線が印象的。その二人に次いで頻出するのはやはりバルガス・リョサ、イサベル・アジェンデ、ガブリエル・バスケス、カルロス・フエンテスあたりか。
幼少期から学生時代を経て生活費を稼いだ労働における環境や経験による知的教養的な側面と、虚構創作や現代的社会性といかに向き合った実生活の側面、それらで培った作家が作品発表を通し社会的・商業的に認められた外側の遍歴と代表作や今後、その文学史における系譜や内実的な真価、などが作家単位で紹介されている。個人的には好きなテーマだしフィクション批評も文学史的な系譜や、作品性・作家性に特化した内容は分かり易かったが、どうしても変調や多彩に欠けるきらいがあり、間に挟まれるコラムなどで変化を持たせる工夫もないし、生真面目一辺倒や主要テーマだけでは面白みに欠ける、というも感じた。
そしてそれは私のブログも同様だ、ということを考えたりもした。
現代の作家からさかのぼる形で紹介されていくので、逆時系列の順番で並んでおり、最終盤に登場するガルシア・マルケスは、やはり真打だし、ラテンアメリカ文学とはこの人という印象は、今回ラテンアメリカに関する何冊かを読んでさらに確信するし、もはや当たり前の感覚。
以下の引用はマルケスの章の冒頭になるが、この語りは結構圧巻で、主題と体感を感じさせて好きだった。そして、当然褒められてしまう作家の評価に対してどのように独自性の語りを展開するのかを筆者に求める作家であるということを前回からも絶えず感じる。
ガブリエル・ガルシア・マルケスは二十世紀最高のラテンアメリカ作家であり、二十世紀後半に限定すれば、世界最高の小説家だったと言っても過言ではあるまい。ジョイスの『ユリシーズ』を筆頭に、傑作と評価される二十世紀の小説には手法的実験を駆使した難解な作品が多いが、『百年の孤独』は、冒険と情熱にあふれる物語に独創的手法を溶け込ませ、文学としての質を落とすことなく読みやすさを維持した稀有な例だと言えるだろう。地域性と普遍性の両立という意味でも『百年の孤独』は傑出した作品であり、世界に向けてラテンアメリカ世界の本質を象徴的な形で示しながら、同時にラテンアメリカ人に新たな自己認識を促すという離れ業を見事にやってのけた。バルガス・リョサが文学評論の傑作『ガルシア・マルケス――神殺しの物語』で述べている通り、ガルシア・マルケスの特異な才能は、実話をもとに面白い逸話を作り上げる卓越した想像(=創造)力にあり、これが文学作品の中で発揮されると、現実世界の思いもよらぬ側面を暴き出す象徴的挿話を次々と生み出していく。逆に、日常生活における彼は、父に「嘘つき」呼ばわりされるほどの鉄仮面になることがあり、講演集『ぼくはスピーチをするために来たのではありません』(2010)や、日本語でもいくつか出版されたインタビューや講演における彼の発言には、デタラメも多く確認されており、少なくとも研究者が真に受けていい性質のものではない。
作家性が育まれた経緯としての人生紹介と、多くの引用を含めて語るさまは、知識量と説得力もあり多彩な感じもする。フィクション批評は狭くなりがちだから、このように外から色々語って作家の内側を開き、作品性へ言及していくのだな、ということも学びになる。
マルケス(とバルバス・リョサ)以降の旗手を探す視点がラテンアメリカ文学にはあったこと、それにはまるのがロベルト・ボラーニョの成功を後押ししたことなどがちりばめられているが、フアン・ガブリエル・バスケスの章の言い切りは強いので、名前しか知らなかった作者ではあるが、読みたくなった。
作家の専門職化が着実に進むラテンアメリカ文学にあっても、フアン・ガブリエル・バスケスほど真の通った知性派は少ない。
~古今東西の世界文学に通じているばかりか、ラテンアメリカ文学に関する知識も豊富で、ガルシア・マルケスの死後に製作されたドキュメンタリーでは、監修、案内役を務めた。公的私的な場での発言も知性に溢れ、30代から彼ほど崇高な雰囲気を醸し出した作家は珍しい。文学理論などに精通した作家となると、といかく語りの技法を凝らして実験小説に走りたがるものだが、幸いバスケスの小説は概ね構成が平易であり、文章自体も明快で読みやすい。それでいて扱うテーマは壮大で、ラテンアメリカ社会と歴史をめぐる深い考察と鋭い示唆に富む。そのあたりが21世紀のラテンアメリカをリードする作家と目されるゆえんだろう。
~『コスタグアナ秘史』は、さらにコロンビアの歴史をさかのぼって、19世紀末から二十世紀初頭にまたがるパナマ地域の動乱を題材に取り上げた意欲作だが、ここでも主人公の役回りを与えられたのは無名の英雄だった。ジョセフ・コンラッド伝の執筆を依頼されたのを機に、コンラッドやパナマ独立戦争に関する書物を中心として、膨大な数の文献を漁ったバスケスは、二〇〇四年から約2年かけてこの傑作を完成し、ロベルト・ボラ―ニョ亡き後、ラテンアメリカ文学新生代の旗手となった。
〜祖国コロンビアへの帰国後から本格的に取り組んだ長編『廃墟の形』(2015年)は、まさに骨太作家の面目躍如だった。自らと重なる作家を語り手に据え、ガルシア・マルケスの回想録『生きて、語り伝える』を出発点に、1947年ホルヘ・エリエーセル・ガイタン暗殺、さらに一九一七年のラファエル・ウリベ・ウリベ暗殺という、コロンビア現代史をゆる出した二つの暗殺事件の真相に迫るこの壮大なスケールの物語は、長年にわたり暴力と不正にまきれてきたコロンビア社会を必死で息抜き、血みどろの歴史を背負ってこれからも生きていこうとする人々へのオマージュだった。間違いなくバスケスは将来のノーベル文学賞候補であり、今から読んでおいて損はない。
創作性と作家性に対する言及や評価の部分での明確な言い切りは、良く響くし、読んでいて面白い。これは辛口の部類に入るようだけど、私はその程度がよくわからないので何とも言い語いが、読んだ素直な気持ちを述べる専門家がいるって安心だと思う。
エドムンド・パス・ソルダンは、脱魔術的リアリズムと脱ラテンアメリカを掲げて新世代を象徴するグループとなったMcOndoの一員と目されることが多いが、同名の短篇アンソロジーの出版から二十年以上が経過し、その喧騒もすっかり冷めた今もまだ彼にこの冠を被せ続けるのは気の毒だろう。そもそも、二〇〇四年にアルファグアラ社から再版された初期作品集を見れば明らかなとおり、短編小説家としての彼はウィットやパンチに欠け、その文才を十分に発揮できてはいない。ところが、長編小説を手掛けるときの彼は、非凡な構成ちょくろ見せつけている。完全に忘却の彼方に追いやられた同志も多いなか、文学不毛の地とされてきたボリビア出身のパス・ソルダンは少なくとも現在まで様々なスタイルの物語文学を発表し続けており、一定の評価と商業的成功を収めている。
フェルナンド・イワサキは、ラテンアメリカ文学で最も成功した日系人作家だろうが、彼の著作に日系人としてのアイデンティティは皆無に等しい。
~彼の探求の矛先は常にアメリカ大陸とスペインの歴史に向けられており、日系人としてのルーツに興味を覚えることはほとんどなかったようだ。二〇〇三年にスペインの名門アルファグアラ社から刊行された短篇集『非公式な奇跡』所収の「戦士の影」では、カワシタという名の任英人を主人公に、日本刀にまつわる物語を展開しているが、歴史家としては致命的と思われるほどの時代錯誤をはらむこの作品は、日本の文化や歴史について、イワサキがラテンアメリカの平均的教養人以上の知識を備えてはいない事実を図らずも露呈させている。勿論これは欠点というわけではなく、自らのルーツにこだわることも、また、それをことさらに吹聴することもなく、専門の歴史を中心に、自由な視点で幅広く創作テーマを探求し続けたからこそ、イワサキは作家としての成功を手に出来たのだった。
驚異的ともいえる彼のテーマ的多様性、そして語り部としての手腕が見て取れるのは、とりわけ短篇においてであり、彼自身も短編小説の執筆には並々ならぬ思い入れを抱いている。
~幅広い教養と自由な発想に支えられた彼の才能が遺憾なく発揮されており、短いスペースの中で、巧みに知的要素をちりばめながら読者を物語に引き込む能力には卓越したものがある。
だが、実のところ、その器用さは軽薄さと表裏一体であり、インカ文明の風物やスペインの歴史的事象、ボルヘスやスペイン古典などに言及する博識が、凡庸な内容を補うための衒学にすぎないこともしばしばある。気の利いた言い回しを多用し、時に言葉選びを繰り出して読者の歓心を買おうとする姿勢は、同国人作家アルフレド・ブライス・エチェニケと共通するようにさえ見える。短篇に限らず、しばしば新聞や雑誌に掲載され、ラテンアメリカ文学アンソロジーなどに収録されることも多いが、そうした事実自体、彼の文学作品が底の浅い読み物の域を出ていないことを如実に物語っている。
筆者はことあるごとにロベルト・ボラーニョへの言及を散らしながら他作家の章も進めていくが、肝心のロベルト・ボラーニョ自身の章ではそれほど褒めていないし、彼がどうしてそれほどの知名度と成功に恵まれたのかの考察は冷静だった。それにしても、ガルシア・マルケスの以後のロベルト・ボラーニョは特異であって、その二人を経てからの現代のラテンアメリカを見据えて進んでいる側面を感じて力強い。
前世紀末以降のチリ文学といえば、急逝したロベルト・ボラ―ニョにばかり注目が集まりがちだが、少なくとも批評界で彼よりはるかに高く評価されているのがカルロス・フランツだ。
〜一九八八年に『サンティアゴ・ゼロ』で「チリ文学の有望株」と目されて以来、フランツは、数年間で八か国語に翻訳されたヒット作『楽園のあった場所』(一九九六年)でスペイン語圏全体に名を轟かせ、アルゼンチンの有力紙『ラ・ナシオン』主催の国際文学賞受賞作となった『砂漠』では、マリオ・バルガス・リョサとカルロス・フエンテスの絶賛を浴びるなど、作品ごとに評価を高めている。最新作『私の目で君自身を見れば』は、フアン・ガブリエル・バスケスの傑作『廃墟の形』を押さえて、二〇一六年度のバルガス・リョサ文学賞(選考は二年ごと)を受賞し、現代ラテンアメリカ文学を代表する国際的作家としての地位を揺るぎないものにした。
この世代のチリ人作家はとかくピノチェト独裁政権に対する姿勢を問われることになるが、クーデター後も亡命することなくチリに残ったフランツの小説作品には、随所に恐怖政治の暗い影を見て取ることが出来る。『サンティアゴ・ゼロ』と『吸血鬼との昼食』(二〇〇七年)はともに軍政時代に着想された作品であり、「見かけと現実が食い違う」戒厳令下の緊張感を如実に映し出している。『砂漠』はフランツが本格的に「チリの9.11」(ピノチェト将軍のクーデター)と向き合った小説であり、クーデター直後に架空の町パンパ・ウンディータで軍部に凌辱されてドイツに亡命した女性裁判官が、民政移管を経て同じ職に戻るために帰国するという物語だが、この枠組みに、軍政が人の心に残した傷跡や、亡命した者たちの罪悪感が凝縮されている。安易な独裁政権の糾弾に陥ることなく、傷を背負った母と、母に過去を突き付けてくる娘の対立を通して、ピノチェト時代の残した負の遺産と正面から向き合う本書は、苦悩の記憶を風化させることなくどう未来に繋げていくのか、重々しい問いを投げかけている。
偏狭な左翼思想やステレオタイプ化したラテンアメリカ主義とは一線を画して独自の創作を切り開いてきたフランツを支えているのは、社会思想の知識と我慢強い創作、そしてコスモポリタン的感覚だと言えるだろう。
〜中でも大きな影響を受けたのは、一九八一年に創作の手ほどきを受けたホセ・ドノソであり、ブーム世代で最も文学的な作家と評された巨匠から、文学への一途な信念を叩き込まれたおかげで、安易に妥協して創作を切り上げることが決してない。
『顔のない軍隊』でその名前だけは知っていたエベリオ・ローセロ、前回の旅する58章ではなかったの不思議だったが、今回見つけて安心する。イサベル・アジェンデは散々な書かれ方をしているが、そのエンタメ性に対して文芸のシーンでの影響力や読者層拡大での功績はあるのだろうし、それと共に海外にも大衆作品と純文学作品のような区分けがあるのも確認。日本的な純文学と、海外的な文学性とは異なる気もするが、やはり一定の区分はあるようだ。
二十一世紀に入って以降コロンビアは、ガルシア・マルケス以来久々に世界的名声を博する作家を次々と輩出しており、フェルナンド・バジホ、ホルヘ・フランコ、サンティアゴ・ガンボア、フアン・ガブリエル・バスケスらが現在でも世界各地で読まれ続けているが、その中で比較的影の薄い存在がエベリオ・ローセロかもしれない。
~ようやくエベリオ・ロセーロの名がスペイン語圏全体に知れ渡るのは、2006年スペイン名門のトゥスケッツ社の主催するコンクールで、200ページほどの本格的長編『顔のない軍隊』が対象を射止めてからだった。コロンビアの愚かしいまでの暴力的現実を見事に描き出した小説として、『顔のない軍隊』はスペイン語圏各地で好評を得たほか、2009年に刊行された英語版は『インディペンデント』紙の外国小説賞を受賞し、以後ヨーロッパ各地で急速に翻訳が進んでいる。2007年以降、児童文学を除く彼の「純文学」作品はトゥスケッツ社から再版されており、無名時代の作品も次第に復刊されつつある。
~二〇一二年に発表した『ボリバルの馬車』は、ラテンアメリカ解放者シモン・ボリバルを主人公に、ガルシア・マルケスの『迷宮の将軍』も意識して書かれた歴史小説であり、神格化された歴史的人物の知られざる姿を暴き出す作品として注目を浴びた。また、二〇一四年発表の『毒殺された法王への祈り』は、ヴァチカンに鋭いメスを入れる問題作だった。残念ながら反響には乏しかったものの、こうしたテーマ的非理狩りがロセーロの創作に新たな境地を開くのか、目が離せない所だ。
個人的には私も好きな作家だとは思わなかったし、本分は詩であるからフィクションプロット的な難があるのかなと感じたり、かと思えば探偵や殺人事件を扱うモチーフにはサスペンス的な現代性を感じたり、ちぐはぐな印象を感じたりもしたのの納得が紐解かれる気がしたのは、現代における詩人の経済的困難や芸術や志向を持ちながらも家族を養うために稼がなくてはならない現実的な側面については、前回の58章でも感じた。しかし大きな印象はあるし、理解はできなかったし面白かった記憶もなかったが、大長編2666が持つ異様な雰囲気や巨大さの未知数な感じはやはりあるので、いずれ読んで消化したいし、望まれた登場から腐らず光輝いたことろ踏まえて、用意された舞台と人生の瞬きについてはやはりフィクション的価値を感じるし、それはつまり文学史的な価値なのだろうと思う。
「なぜボラ―ニョがあれほど受けたのだろう?」現在ではようやくこんな問いを発してもバッシングの集中砲火を浴びることも少なくなった。98年発表の長編小説『野生の探偵たち』(邦訳白水社、2010年)がロムロ・ガジェゴス賞を受賞し、まさに彗星の如くラテンアメリカ文学界に現れたボラ―ニョは、『チリ夜想曲』(2001年)や『アントワープ』(2003)で評価を固めて後、大作『2666』を完成できぬまま五十歳の若さで急逝すると、たちまちラテンアメリカ文学のフェイムズ・ディーンに祀りあげられた。未完成のまま翌2004年に出版された『2666』(邦訳白水社、2012年)は、発売後三か月で二万部を売るヒット作となり、2008年の英語訳が全米批評家協会賞を受賞するなど大成功をおさめると(『タイム』紙には2008年のベスト・フィクションに選ばれた)、アメリカ合衆国では作家ボラ―ニョが完全に神格化された。スペイン語圏では次第に「ボラ―ニョ・フィーバー」が沈静したのに対し、合衆国でその後も長く批評家・研究者が熱烈な賛辞を寄せ続けた背景には、90年代以降、ブーム世代の衰えとともに、外国文学の中で相対的に重要性を失いつつあったラテンアメリカ文学に先行き不安が広がり、ボラ―ニョを担ぎ上げることで失地回復を図ろうとする集団心理が働いていたことは否定できない。
そもそもボラ―ニョの出発点は、物語文学ではなく詩にあった。
〜物語文学に乗り出す契機となったのは長男ラウタロの誕生であり、ここから安定した収入と出版社との持続的契約を求めたボラ―ニョは、処女短篇集『通話』に収録された「センシ―二」に描かれているように、スペイン国内に無数に存在する文学コンクールに次々と短篇小説を応募して賞金を稼いだほか、大手出版社にも中編小説の草稿を送った。当初は首尾よく事が運ばなかったものの、『アメリカ大陸のナチ文学』(1996年邦訳白水社)に興味を示した敏腕編集者ホルヘ・エラルデが彼に注目し、中篇『はるかな星』(1996年)と『通話』を相次いで手がけたことで、成功への道が開かれた。スペイン語圏全体に強固な販売網を持ちつつも、エラルデの意向に沿って自由に販売戦略を決めていた独立系出版社アナグラマ社は、さすらいのマージナル作家というイメージを前面に打ち出してボラ―ニョを売り込み、これが『野生の探偵たち』の成功を後押しした。
ボラ―ニョの斬新さは、魔術的リアリズムに代表される「ラテンアメリカらしさ」と一線を画し、60年代の熱狂に乗り遅れて夢破れた同世代の人々に共通する悲哀を、わかりやすい標準的な無国籍スペイン語であっさりと描き出すところにあった。ブームの世代に共通する形式的・文体的刷新とはまったく無縁な反面、明瞭簡潔なスタイルで巧みに感傷とサスペンスを操る彼の作品は、難解なブーム時代の小説にも、イサベル・アジェンデに代表されるベストセラー小説にもなじめない新興読者層に強く支持された。ボラ―ニョと言うと、とかく『野生の探偵たち』や『2666』にばかり注目が集まるが、表層的に物語を展開してページばかりを膨らませるこの二作に彼の手腕が発揮されているとは言い難い。フィーバーが冷めつつある今、多くの作家に指摘された「安易に書きすぎる」という批判を踏まえたうえで、冷静な目で彼の短篇や中篇を再評価する視点が期待される。
文学におけるジェンダーはテーマモチーフとしてもだし、それを扱う作家の選択や感性にも従うから、作者の男女論みたいなものは明確に存在するし、それは差別ではなくて、やはり作風だったりモチーフやテーマ選択に関わり、そして、読み心地や明確な主題は関心にも好悪にも関係する。基本的に私は海外作家だと男性のものばかりであるなということは以前から感じていて、日本人作家だと女性ばかりなのも昨年読書を再開してから気づいていた。
ラテンアメリカ文学における女流作家の筆頭はやはりイサベル・アジェンデのようだが、本冊子にはほかにも何人か紹介されている。多くはその生まれを基本として、作家性が生まれる経緯と、分かり易くお勧め作品もある。
ラウラ・レストレーポは、危険な政治・社会活動と執筆、そして子育て、子の全てを見事にこなした稀有な作家といっていいだろう。女流作家に「女性らしい」繊細な物語を求めてしまうのは単なるジェンダー的偏見だろうが、繊細なタッチを備えながらも、時に血なまぐさいまでに衝撃的な事件を大胆に取り上げるところがラウラ・レストレーポの大きな特徴だ。女流作家きっての社会派といわれる彼女の作品世界を支えるのが、80年代までにたどってきた数奇なキャリアであることは言うまでもない。学校教育に懐疑的なうえ、放浪癖のあった父に連れられて、まともに正規の教育を受けぬまま、アメリカ合衆国、デンマーク、スペインを点々としたあと、十五歳で帰国したレストレーポは、特別な試験を受けて名門私立アンデス大学の哲文学部に合格、在学流から公立の男子校で貧困家庭出身の少年たちを相手に教鞭を執ったことで社会主義に目覚めた。ラテンアメリカ全体でキューバ革命の影響が色濃かった時代であり、やがて彼女は、ブルジョア的価値観に縛られた父に反抗してトロツキー派に与し、社会主義的観点から経済学を学ぶと同時に、男女平等の重要性を強く意識するようになる。
大学卒業後は、スペインへ渡ってポストフランコ体制下で社会労働党に協力し、80年代初頭には、身の危険を顧みずブエノスアイレスで軍事独裁政権反対運動に加担した。アルゼンチンで生まれた息子と共にボゴタへ戻った後は、『セマナ』の記者として、暴力の蔓延する危険なコロンビアで、またもや身体を張って、麻薬や社会問題を取り上げたほか、アメリカ合衆国のグレナダ侵攻や、ニカラグアのサンディニスタ対コントラの戦闘まで取材している。その鋭い論考は政府関係者にも高く評価され、82年には、当時のベリサリオ・ペタンクール大統領によって、ゲリラ組織「M-19」と「RPL」との和平交渉使節団の一員にまで任命された。
〜和平交渉を機にジャーナリズムと距離を置くようになった彼女は、和平成立とともにコロンビアに帰国してからも小説の執筆をつづけ、麻薬絡みの殺し合いを続ける二家族の泥沼の抗争を描いた『白日の豹』(1993)に続いて、長編第三作『甘い付き添い』(1995)で国際的成功を手にする。レストレーポの書く長編はノンフィクションに近く、史実をフィクションで脚色した作品がほとんどだが、この小説も、出発点となったのは、「貧困街に降り立った天使」という、90年代にラテンアメリカ各地で観られた宗教的現象だった。取材に送り込まれた女性リポーターと似非天使の恋愛を通して、貧民をひきつける新興宗教の謎に迫るこの作品は、コロンビアでベストセラーとなり、二十ヵ国語以上に翻訳された。
〜これまでレストレーポが書いて来た作品はいずれも通俗小説であり、絶頂期のラテンアメリカ文学のような深みには欠けるが、深刻な社会問題を反映する題材をもとに、事実だけが持ちうるドラマ性を存分に生かして練られたそのストーリーはインパクトに富んでいる。ラテンアメリカの社会的現状を知るためには、彼女の小説程優れた教材はないかもしれない。『妄想』スペイン語圏でラウラ・レストレーポの代表作といえば、翻訳のある『サヨナラ―自ら娼婦となった少女』より、2004年のアルファグアラ受賞作となった本作だろう。通俗小説の域を出ているわけではないが、審査員長を務めたポルトがるのノーベル賞作家ジョゼ・サラマーゴに「脱帽」と言わしめたとおり、複数の語りを同時進行して進めるその構成において、この小説の完成度は高い。数日間の旅行から戻って妻の発表に直面したもの大学教授がその原因を調べ始める所から、知られざる過去が掘り起こされ、暴力に染まった80年代のコロンビアを生きる者たちの人間模様が浮かびあがってくる
ラテンアメリカ文学といえば、「ブーム」の時代までは圧倒的に男性優位であり、女流作家で世界的名声を得るケースはほぼ皆無だったが、イサベル・アジェンデの成功以来、形勢は大きく変わっている。
〜エレナ・ガーロやエレナ・ポニアトウスカなどの存在によって、既に女流作家が市民権を得ていたメキシコからは、サラ・セフショビッチ、アンヘレス・マストレッタ、マルゴ・グランツといった多様な顔ぶれの新人が登場し、恋愛小説を中心に、80年代から90年代にかけてのラテンアメリカ文学を盛り上げている。その中でとりわけ大きな商業的成功を収めたのがラウラ・エスキベルであり、89年発表の処女長編『赤い薔薇ソースの伝説』は、2014年に刊行された二十五周年記念盤が何度も増刷されるなど、現在も多くの読者を惹きつけている。他のメキシコ人女流作家と較べて、エスキベルの特徴は、無理に知的オーラをまとおうとすることなく、堂々とベストセラー路線を貫いているところだろう。
70年代から幼児向け番組を中心にテレビ制作に関り、75年にメキシコ芸能界でも屈指の人気芸人アロフォンソ・アラウと結婚したエスキベルは、その後、シナリオライターの仕事を通して大衆の心をつかむ術を身に着けていった。『赤い薔薇ソースの伝説』はそうした修行の賜物だと言えるだろう。連続テレビドラマのような体裁、食欲をそそる料理のレシピ、愛と悲しみの交錯する家族ドラマ、革命を背景とした動乱の時代、『精霊たちの家』に倣った表層的な魔術的リアリズムの利用、そのほか、ベストセラーに不可欠な要素をふんだんに盛り込んだこの小説は。発表当初から好調な売れ行きを示していた。だが、この作品の成功を決定的にしたのは、エスキベル自らが脚本を担当し、名女優レヒーナ・トルネーを迎えて、夫アラウ(2015年に離婚)が92年に監督して製作した映画版だった。停滞期に差し掛かっていたメキシコ映画界にあって、この愛と感動の物語は驚異的なロングランを記録し、メキシコで最も権威ある映画賞アリエル賞を十部門で受賞したほか、日本も含め、世界各国で上映されて大評判をとった。
~ベストセラー作家の仲間入りを果たしてエスキベルだったが、文壇デビューから三十年近く経過した今振り返ってみると、やはり「一発屋」だった感は否めない。〜作家としてのキャリアは完全に行き詰っていると言っていいだろう。そのせいもあってか、2015年からは左翼政党「モレナ」選出の下院議員を務めており、ここ数年は執筆より政治活動に打ち込んでいるようだ。『赤い薔薇ソースの伝説』
現代を直訳すれば「ココアを入れるお湯のように」、まさにはらわたが煮えたぎるような状態を指す慣用表現。母のわがままで愛する男との恋を妨げられた主人公の怒りと情熱の深さを表しているのかもしれない。メキシコ革命による動乱を背景に、様々な紆余曲折を乗り越えて愛を成就し、最後に燃え上がって杯となる女の感動的物語は、メキシコ大衆の心を強くとらえた。各章の冒頭に伝統的なメキシコ料理のレシピを配し、そこから物語を展開する構成は、世界的グルメブームもあいまって、この小説の商業的成功に重要な役割を果たした。文学品というより、映画と併せて通俗的娯楽として楽しむべき一冊だろう。
「ラテンアメリカ文学のミューズ」エレナ・ポニアトウスカほどこの名にふさわしい作家はいない。亡命貴族の娘として生まれ、パリで優雅な少女時代を過ごした後、アメリカ合衆国の「お嬢様学校」で学んだ才女となれば、左翼の多いラテンアメリカ作家の反感を買ってもまったく不思議ではないが、その反カトリック的言動や社会主義への共鳴、さらには持ち前の洗練された立ち振る舞いや可愛らしいルックスに助けられて、現在に至るまで、半世紀以上にわたり、老若男女、ありとあらゆる作家や芸術家、歌手や俳優、様々な文化人の寵愛を受け続けている。彼女がインタビューを撮った作家の名を上げてみるだけでも、ロムロ・ガジェゴス、ボルヘス、カルペンティエール、ルルフォ、フエンテス、バルガス・リョサ、ガルシア・マルケス、コルタサル、その他錚々たる顔ぶれが並ぶ。
~2001年のアルファグアラ賞、ビブリオテカ・ブレべ賞、セルバンテス賞など、スペイン語圏の作家に与えられうる名誉を総なめにし、彼女に名誉博士号を授与した大学は世界に数知れない。
~ニアトウスカがいかんなくその文才を発揮したのは、いわゆるフィクションとしての小説ではなく、ルポタージュや取材日記に基づく小品、小説風に綴った伝記においてだった。彼女が想像力をはためかせるためには、史実の枠組みが不可欠だったようだ。
~1968年の学生運動弾圧事件にまつわる証言を集めた『トラテロルコの夜』(邦訳藤原書房、2005年)や、85年のメキシコ大地震の被害者への取材に基づく『何も、誰も――地震の声』(1988)における彼女の筆は冴え、女流写真家ティナ・モドッティの生涯を小説風に再現した『ティニシマ』(1992)や、鉄道労働者組合リーダーのデメトリオ・バジェホをモデルにした『最初に列車が通る』(2005)、そしてとりわけ『レオノーラ』(2011)は、本領発揮という感じがする。
やはり彼女の本文は1950年代から従事するジャーナリズムにあり、想像力によって物語を生み出すところにはない。だが、この弱点のおかげでかえって同僚からライバル視されることが少なく、おかげで多くの作家に愛されたともいえるだろう。新聞や雑誌を主たる活動の場とするジャーナリズム作品は、現在も色あせることなく、時代ごとの貴重な証言を伝えている。
例えばいくら小説が売れ続けようと、東野圭吾が日本文学史を語るうえで登場するのかどうか私にはわからないように、商業的成功や読書界への貢献があったとしても、それが文芸や文学史にとってどのような価値になるかはわからないが、面白い本を読んだ、と一般的な読者が思えた結果新しい本を手に取るような読書体験の提供には間違いない。
特に現代は労働や現実と読書や創作の価値対比、あらゆる娯楽が増える中での小説の価値比重、多くの芸術の中や学問の中に見た時の存在感、等として見た時に文芸や文学が置かれている状況を考えると、商業や娯楽の面での成功や生き残りと、本格や本質としての文芸や文学が目指し求めて獲得していくべき活路がどこにあるのかは甚だ混迷を極める。
ただ、語らずにはいられないなりの理由や経緯が彼女にはあって、ラテンアメリカ文学を語るうえでは避けては通れない存在感を放っているのだから、これだけの文章を書かせるのだとも思う。
文芸批評家ハロルド・ブルームに酷評され、同国人作家ロベルト・ボラ―ニョらに軽蔑された今では、イサベル・アジェンデを安易なステレオタイプに頼るベストセラー作家と評価したところで、それ自体がすでにステレオタイプにしかならないが、少なくとも90年代初頭までは、『精霊たちの家』を『百年の孤独』や『ラ・カテドラルでの対話』に比肩する小説と見なす文芸批評家が跡を絶たず、博士論文のテーマに選ぶ文学研究者まで現れたのだから、今振り返れば驚きとしか言いようがない。ラテンアメリカ文学のブームが沈静化し、ヒーロー不在となっていたところに、突如として未曾有のベストセラー作品が現れたせいで、批評家の見識眼もくるってしまったということだろう。また、敏腕代理人カルメン・バルセルスの庇護を受けたこともあって、イサベル・アジェンデは自作の売り込みに長けており、サルルバドール・アジェンデ大統領との親戚関係、クーデター後の亡命、国民投票参加のためのチリ帰国(88年)、娘パウラの早すぎる死(92年)など、私生活における様々な体験を巧みに利用して、自らの文学世界に知的オーラを被せていたという事情もある。
そもそもアジェンデは、ジャーナリズムの経験こそあれ、体系的な文学教育も受けたことがなければ、世界文学の名作を読み漁る読書体験も備えていなかったのだから、祖国から祖父危篤の知らせを聞いて、強い愛情と共に必死で小説を書き始めたとはいえ、それが深遠ンな文学作品となって結実するはずはなかった。『精霊たちの家』が『百年の孤独』の構造をそっくりそのまま稚拙になぞっていることは明らかであり、語りの視点捜査やストーリー展開にも多くの欠陥が目につくが、それでもこの作品は現在までに全世界で累計三千万部以上を売るベストセラーになったのだから、むしろ彼女の文才と創造力に敬服せざるを得ない。ブーム時代の難解な文学作品についていけない新購読者層に対し、販路拡大を追求する出版社が巧妙な宣伝で売り込みをかけた結果起こった奇跡だったとはいえ、アジェンデの成功は、スペイン語圏における文学市場を飛躍的に拡大し、「楽しむ読書」という選択肢を人々に提供した点で、大きな歴史的意義を持ったと言えるだろう。
軍事政権下の行方不明者を取り上げた長編第二作『愛と影』(1984年)や短篇集『エバ・ルーナのお話』(1989年)までは、知的な「純文学」の作家を気取っていたアジェンデだが、90年代後半以降は、むしろ積極的に商業的ベストセラー作家の役回りを引き受けているようにさえ見える。転機となったのは、亡き娘に捧げた自伝的小説『パウラ』(1994年)であり、世界中で多くの読者を感動させたこの小説以後、彼女は「感傷、サスペンス、超自然的要素」というベストセラーの定式を突き進んでいる。おかげでかえって「エンターテイメント」という彼女の作品の特質が一般読者や批評家の目にも明らかになり、2011年『幸福な娘』(1999年)、『セピア色の肖像』(2000年)とともに、『精霊たちの家』が「意図せぬ三部作」の一部として刊行されると、この作品は完全に純文学の性格を失った。
~『精霊たちの家』十九世紀の末からピノチェトの軍事政権に至る約百年のチリ現代史を背景に、トゥルエバ一族四代の盛衰を辿るスケールの大きな物語であり、超能力を備える娘クララを中心として、ところどころに魔術的リアリズムを意識した超自然的要素がちりばめられている。
〜ガルシア・マルケスやバルガス・リョサのレベルには遠く及ばないものの、作者は天賦の語り部の才を発揮して面白い逸話を次々と繰り出しており、気軽な読書にはもってこいだろう。
バルガス・リョサも勿論章立てされている。
「文学と結婚した作家」とは、オネッティがバルガス・リョサを評して言った言葉だが、『都会と犬ども』(1963)で成功を収めて以来、小説、エッセイ、文学論、回想路k、戯曲などを織り交ぜながら、これほど膨大な量の作品を現在までコンスタントに書き続けているラテンアメリカ作家はほかに見当たらない。現時点での最新長編『強硬時代』(2019)まで、長編小説だけでもその数は十九に上り、その多くが五百頁をこえる。これだけでも脅威だが、さらに目を見張らずにいられないのは、優れた鑑識眼と分析能力に支えられた高度な文学論であり、こと作家論に関しては、七一年刊行のガルシア・マルケス論(『神殺しの物語』)に始まって、フロベール論(『果てしなく饗宴』一九七五年)、ホセ・マリア・アルゲダス論(『時代遅れのユートピア』)、ヴィクトル・ユゴー論(『不可能の誘惑』)を経て、フアン・カルロス・オネッティ論(『フィクションへの旅』)まで、専門的研究者でさえたじたじとなるほど完成度の高い評論を残している。創作と文学論の支えとなる理念――世界は不完全であり、その不満を埋めるために小説が存在する――はかつても今も変わっておらず、抵抗と自由への手引きとなる文学の役割に対する信念も揺るぎない。
二〇一〇年のノーベル文学賞受賞に際し、その理由として挙げられたのは、権力に抵抗して挫折する個人の姿を鮮やかに描き出したことだったが、これは、少なくとも『チボの狂宴』(二〇一〇)に至るまでのバルガス・リョサ文学の本質を言い当てていると言っていい。
~父親に無理強いされて中学二年間を過ごしたレオンシオ・プラド軍人学校を舞台とする処女長編『都会と犬ども』も、教員たちの振りかざす権力に抗して正義を求める少年の物語であり、そこには後々までバルガス・リョサ文学の基調となる要素の萌芽がすでに見えている。内容的には、権力の腐敗、不正への抵抗、形式的には、めまぐるしく人称の入れ替わる錯綜した語り、頻繁な場面転換などだが、何よりも大きな特質は、難解なて0間と複雑な構造にも拘らず、物語がスリルとサスペンスに溢れており、読者を飽きさせない所にある。トルストイやユゴー、そしてフォークナーやマルローを愛読したバルガス・リョサは、小説の面白さが魅力あるストーリー展開にあるという持論を現在も曲げていない。
~多くの作家・知識人から厳しい批判を浴びながらも、バルガス・リョサは自由主義の道を貫き、アラン・ガルシア政権によって崩壊の崖っぷちに晒された祖国を救えるのは自分しかいないとの判断から「モビミエント・リベルタッド(自由運動)」を率いて90年の大統領選挙に打って出ることになる。権謀術数の渦巻く政界で、利権に群がる政治家たちを押さえつけながら、テロの危険も顧みず選挙戦を戦い抜いた後、泡沫候補だったアルベルト・フジモリに敗れた顛末は『水を得た魚』(1993)に詳細に記されている。
以後バルガスリョサは政治生活から完全に手を引いたが、政治的発言は続けており、相変わらず左翼政権やポピュリズム政権を厳しく批判している。他方、創作意欲は衰えを知らず、『アンデスのリトゥ―マ』(1993)でアンデス地方のシリアスな社会問題を取り上げたと思えば、選挙戦中に『継母礼賛』(1988)で取り組んだエロティシズムのテーマを『ドン・リゴベルトの手帖』(1997)で発展させるなど、新たな路線の開拓にも余念がない。ただ、トルヒージョ独裁政権下のドミニカ共和国を描き出した『チボの狂宴』以後は、ゴーギャンとフローラ・トリスタンを主人公にした『楽園への道』(2003)や、アイルランドの人権運動家ロジャー・ケースメントを主人公にした『ケルト人の夢』など、十分にフィクションかしないまま史実を題材として利用する小説が増えていることは事実であり、往年のバルガス・リョサを知る読者には物足りないかもしれない。
〜76年に公衆の面前でガルシア・マルケスの顔面にパンチをお見舞いした逸話は、今でもラテンアメリカ文学界の語り草となっている。
作家が何を求められた結果、どのように成功したのか、は多分に社会情勢や出版業界に左右され呼吸していくということがとてもよくわかるのが以下の部分。作家や作品はどのように求められ、どのように享受された結果、どのような価値を残して、或いは乗り越えて進んでいくのか、その力強さと儚さを感じるが、フィクションは現実と隣り合わせて進んでいくのだということがよくわかる好例。
ボラ―ニョ亡き後、着々と世代交代が進むラテンアメリカ文学界にあって、ここ二十年程コロンビア人作家の躍進がめざましい。
~振り返れば、二十世紀後半のコロンビア文学はほぼガブリエルマルケス一強であり、八〇年以降は麻薬マフィアの過激化とゲリラ組織の台頭により、二〇年以上も制度的暴力にさらされたことで、執筆・出版活動さえもままならなくなっていた。そんな国から文学が復興したのは、皮肉にも血なまぐさい事件の多発に負うところが大きいかもしれない。暗殺、誘拐。銃撃戦、麻薬取引、人身売買、テロなど、ハリウッド映画の題材にでもなりそうな要素が、作家たちの身の回りにはいくらでも転がっていた。ここに挙げた作家たちはいずれも、何らかの形でそうした要素を創作に取り込み、暴力に蹂躙された祖国の状況と向き合っている。
コロンビア小説復興の先陣を切り、一時は「第二のガルシア・マルケス」とまで持て囃されたホルヘ・フランコがベストセラー作家にのし上がったのも、FARC(コロンビア革命軍)などのゲリラやテロ活動が蔓延して市民生活が恐怖に晒されていた時期のことだった。刹那的な生き方しかできない主人公ロサリオの姿には、暴力に怯えながら日常の過ごす国民の心をとらえるものがあったらしく、『ロサリオの鋏』は世紀末のコロンビアで空前のヒットとなったばかりか、数年前には映画化され、テレビドラマ版までが人気を博する事態となった。ベストセラー小説にありがちな、かなり通俗的なストーリーではあったものの、発売直後にバルガス・リョサが『エル・パイース』紙に記事を寄せ、この小説に言及したことからホルヘ・フランコの名は知的オーラに包まれた。また、この成功によってキューバ差最高の文化機関・カサ・デ・ラス・アメリカから文学賞の審査員に選ばれ、さらに、ガルシア・マルケスからキューバの映画学校にゲストとして迎えられたことも、大きな後押しになったと言えるだろう。
とはいえ、衝撃的なヒットから二〇年近く経った今振り返ると、フランコの成功は、ガルシア・マルケスの後継者を待望する読者・批評家たちに煽られたことによる過剰評価の側面がかなりあったことも否定できない。その後の歩みを見れば、彼がバルガス・リョサやガルシア・マルケスに比肩するような「知的作家」でないことは明らかだろう。『ロサリオの鋏』でも、コロンビアの暴力的現実を売り物にしているような部分が目につくが、彼の書く小説は、技法的修練や深い思索によって読者を惹きつけているわけではなく、その面白さは、多分にコロンビアという国の特殊な状況に負っている。二〇〇二年に刊行された長編第三弾『パライソ・トラベル』(邦訳河出書房新社、二〇一二年)などはその典型的な例で、コロンビアからアメリカ合衆国に不法入国する主人公二人組という設定がなければ、この小説は単なる凡庸な恋愛物語に成り下がってしまう。
~有力出版社の後ろ盾を得て、商業作家として創作に専念できる環境を得たフランコが、今後どんな作風にシフトしていくのかはまだ不透明だ。
激動の時代を生きた前時代だったからこそ生まれた文学と、落ち着いて民主的に平和になった国にも激動の虚構創作は生まれるのか、人類の平和や幸福と文学の進展や発展は両得できるのか、現代から未来へ向かう文学と人類はどうなるのか。
2003年にロベルト・ボラーニョが急逝して以後の数年間、後継者探しを目論む出版社の意向もあって、スペイン語圏では一九七〇年代生まれの若手作家の動向に注目が集まった。
~若い世代の特徴として挙げられるのは、大学、時には大学院で文学を専攻して深い知識を身に着け、ラテンアメリカ内外の大学で教鞭を執りながら創作に励む作家が多い点だろう。サンブラも例外ではなく、チリ大学で文学を専攻した後にマドリードの大学院で文献学を学び、チリ・カトリック大学で文学博士号を取得、さらに二〇一七年までサンティアゴのディエゴ・ポルタレス大学で文学を講義していた。彼の読書量には目を見張るものがあり、日本文学も含め、世界文学にこれほど精通している作家は少ない。
その反面、文学に専心している分だけ、いつ世界における経験には乏しく、革命や内戦、軍事独裁政権やゲリラ戦争といった激動の事件にかかわった旧世代の作家たちと較べて、新世代の作家たちがずいぶん地味な生活を送っているのも事実だ。創作は必ず実体験を出発点とするというバルガス・リョサの見解に従えば、彼らはこの点で大きなハンデを負うことになり、実際にテーマ的枯渇で行き詰ってしまう作家も少なくはない。ピノチェト独裁政権の弾圧や抵抗運動を直接経験したわけではないサンブラもこの点は同じで、彼の小説には社会主義政権の誕生やクーデターといった、ドノソやエドワーズ、さらにはイサベル・アジェンデの小説にも頻出する政治的・社会的動乱は一切現れず、その点でスケールの大きさと迫力に欠けることは否定できない。バスケスやネウマンが時間をさかのぼって歴史にテーマを求め、ロンカグリオロが日本にまで創作のインスピレーションを求める一方で、サンブラはあくまでチリの同時代社会、とりわけ自らの日常を見つめ直し、独自のミニマリズム文学を確立している。ラテンアメリカでも近年流行している盆栽を象徴として、平凡な生活を送る若者たちの内面を掘り下げた『盆栽』は、彼の創作指針を明確に打ち出した作品だったと言えるだろう。
~自分の私生活を斬り打ちして無理に文学作品を生み出しているような印象は禁じえず、今後サンブラが「自分」という限界を乗り越えられるのか、注目されるところだ。(アレハンドロ・サンブラ)
ガルシア・マルケス、その後のロベルト・ボラーニョ、その次といえばだれか、と、一度繁栄して王冠的モチーフ作家を得てしまってからの復興を求める形は劇的で、希望や渇望があるということはそれだけ魅力的な空想だろう。その後を探す旅、文学史や読書感を変えてくれる作家の渇望。
それと共に、やはり地域的に、軍事政権やその体制への姿勢が問われる緊張感や、様々な運動や事件の中で生まれ生きてきた劇的な境遇が作家に物語る天性や生涯テーマを与える部分は否定できず、理知感を真に受けるからこそ、作家が真摯に創作性へ向かう面も感じる。物語るテーマがあるということ、その熱量や天命感みたいなものは創作には結構必要で、技術革新で出版や翻訳が急速に進み、世界や各地がどれほど近くなろうと、現代的な生活と利便で安心安全な生活が人類社会に与えられれば与えられるほど、もしかしたら生まれなくなる文学やフィクションがあり、現実的に喜ばしい平和や現代性が虚構創作が生まれる必然性を奪う意味で、豊や強い作家性が誕生していく背景の深さや激情について考える。
人が生きていればこそ虚構創作の形や祈りは無くならないと思うが、人類や社会や個人が安心安全の幸福では生まれる文学が、魅力的で必要性の価値貢献的文学性が生まれるのか、時代の妥当性と生まれないなりの文学の妥当性を考えてしまったりもした。幸福な文学や、作家、そして読者とは何か。
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