G-40MCWJEVZR 現代商業の中で生きる才能の価値『雷と走る』『男ともだち』受賞作ストレート勝ち以外の価値を探せ!直木賞企画、千早茜② - おひさまの図書館 つまらない
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現代商業の中で生きる才能の価値『雷と走る』『男ともだち』受賞作ストレート勝ち以外の価値を探せ!直木賞企画、千早茜②

文芸作品

 受賞作がデビュー作を彷彿とさせながらも完璧に上回ってみせる納得の出来だった千早茜。作風メインはその二作に見える非現実的な虚構性だと思うが、現代性のある作品は書けるのか? 手広く書く中で他路線でさらなる魅力が見つかるのか? 不安と期待を胸に三冊読む今回。

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直木賞企画
直木賞はつまらない作品に受賞させるものなのか? 受賞作以上を著作列から探せ! 2025年現在から2005年東野圭吾まで遡りつつ、めぼしい作家を拾って受賞作+αを読んで、受賞作の良し悪しとそれ以上を著作列から探して読むこの企画。直近の国内中間...

受賞作ストレート勝ち以外の価値を探せ!

草稿を売る信用問題『雷と走る』(2024)

 ただの草稿を美麗な装丁を付けて完成品のようにして売ってはいけません。
 ペットの去勢や避妊問題や、恋人関係や予防ピル、妊娠出産と結婚の言質や連帯、生命への責任感や罪悪感からの逃避、それらのテーマ性や着眼は悪くないが素材のみで繋がりが弱く表現に乏しい。幼少期の思い出や呆然としたピークは悪くないのに、引っ張った罪悪感の根源が弱い、この物語性と完成度では完成品とは言えない。
 ただ、著者が小学生1~4年生のころに父親の仕事の関係でザンビアにて短期的に移住してアメリカン・スクールに通っていたということで、それを想わせる時代の自叙伝的な要素が含まれるのかもしれず、その感傷作品ということなのかも。幼少期のペットの思い出や生命観の育まれた出来事などの要素も、個人に根付いた思い出の虚構性としては理解はできるし、それもまた愛玩対象なので、他者が客観的に批評する類とは一定の線引きがある為、判断が難しい。
 作家のそういう創作性と個人的な憧憬は客観性や批評性とは異なる軸に存在するので、その意味で作家とファンがこれを愛するなら別にいいし、そうした塗り込みや虚構性は否定しない。

作家がその人生に見出した虚構性「たんぽぽのお酒」で思い出す「無声映画のシーン」 レイ・ブラッドべリ、フリオ・リャマサーレス
まず題名に惹かれて「たんぽぽのお酒」を読んだ。 著者はレイ・ブラッドベリ、米国のSF作家として代表作の「華氏451度」や「火星年代記」などで有名なので、名前は見知っていたが著作を読むのは初めて。  私は読中、かつて読んだフリオ・リャマサーレ...

 直木賞の他の受賞作に『少年と犬』(2020/馳星周)があって、映画化もされるそうで先日電車の中の広告も見たし、元来日本人的な要素としての犬と主人という虚構性は現在も一定の需要があるのだろうし、そこに著者が見出すのは野性味や暴力性であるところは面白いし、安易な殺処分的な衝撃ではなく放置継続に徹した部分は文化的だし、そうした保護柵の中で暮らしていた管理された”私たち”もまた入れ子式に読めるし、それを重複するように大人になり安全な日本に暮らす今、選択できる自分の身体や次の生命といった要素もテーマ的なので、その部分でもう少し膨らますことは十分可能で、ここに現代性や意志的なテーマ性を映すことは可能だった。受賞作はテーマ性がなくても良いとは思ったが、現代性題材の中に個人的な虚構性を見出せない薄味の自覚を創作初期に持てていたのならば、社会的なテーマ性にすがって作り上げるのも大事な創作性なのかなと感じた。
 コーギーの描写は可愛らしい、短足のせいで濡れた腹、呑気に舌を出す元気なアホ面が個人的に好きで嬉しかった。主人公の愛犬への心地とはギャップがあるし、日本とかつての地での犬や命の扱い方の違いも表現できるし、そのほか含めても、いかようにも使える魅力とテーマ性があったように思うそこを膨らませられなかったこと、不十分なまま発表し出版してしまったこと、その完成度や作品性で良いと思ったことは残念。
 装丁は著者の作品の中でも秀逸に魅力的だと思う、その鮮烈さは目を引くが、濃密さのない作品性でこの作家の作品と言えるかは甚だ疑問、代替的な魅力も見当たらない。この魅力的な装丁で手に取った読者が、なんだ千早茜って初めて読んだけどこんなものか、と思う可能性と不運を少しでも憂いて欲しい。

意識的恋愛小説でも自己中心性がよくわかる『男ともだち』(2014)

 直木賞の候補としての選評の中でも、男ともだち・ハセオのリアリティが問題になったそうだが、この場合のハセオにリアリティは必要なく、男友達というタイトルにしたことでそこがこの虚構性の焦点だと思わせる作りになったところも仇になったのかなと個人的には感じる。
 まず第一にハセオは本質的には本作の主眼ではなく三人の男の中の一人にすぎないはずだし、主人公の人生や日常を通り過ぎる一人にすぎない些末なのでご都合主義も問題がない。三つの男性像である「保険的恋人・便利な愛人・自尊心を満たす男ともだち」はその妄想が目的ではなく、描きたい世界観とテーマ筆致のための駒なのだから虚構性で構わない。透き通っていて正直で素直、虚構創作に向き合い自分に率直に生きると決めた女性の、迷いの中で指標になる親身や信頼の愛おしさ、自己満足のためのただの虚構に過ぎない。志向して生きる人生の女性モチーフは少ないから、それだけで価値だし、そうした方向性の作家であれば突き進めばいいと思うのでその点も了解。 
 勿論題名にも入っている男友だちであるハセオが中心人物であるのは間違いないし、そこに中心モチーフが齎されていることは目に見えているので、男女の恋愛以外の関係が現実的であるのかの次元の話を展開するだけなら、どこにでもある作品に成り下がるはずで、著者がそこをどう認識して創作したのか、は気になるところ。
 自己肯定のための独創が著者のある所で、故の創作的ご都合が活きてくる、と私は思っているので、その場合にはすべてを肯定できるが、著者自身がそれを自覚なくして散漫なのか、隠すことにより表現しきれずに価値が磨き切れず筆致に固められていない所は問題。
 ストレートな恋愛小説を被ったただの自己肯定小説、と私は読んだし、ある意味でそれは恋愛小説の真の姿だとも思う。女にとっての恋愛は自己肯定と自己満足にまみれたご都合主義路線以外の何物でもない、そのテーマ性は良いと思う。
 虚構的な配置も悪くないし、エンタメ要素もある、現代を舞台に恋愛をモチーフに文章は読みやすくも著者のファンタジック作品とも一線を画し、適切な文章と率直な進行でもって300ページの似非恋愛小説を書くことができる、これは結構それだけで評価できるし、けれどもそこに隠された自己満足のための独創、その強烈さや濃密さをこそ著者の真骨頂だと思う私には、もう少し塗り固めが足りなかったか。現代における現代小説の価値、恋愛小説の価値、それに擬態してなお貫くことの出来る独創は作家性だ

 主人公の職業をイラストレーターにしたことで触れることができた要素についても二三書かれている。好きなことを仕事に選んだゆえに食べていくために依頼をこなす創作をしたジレンマや、自分が書きたいものが素直に書けない、それにしても周りは才能を理由に葛藤を知ろうともしない。このあたりの創作的な話は、表層に過ぎないが一定は現代的であり、もう少し煮詰めることは可能な普遍的なテーマ性でもある為、恋愛小説に的を絞っている以上仕方がない気もするが、その創作性を選んだうえで、本質的なテーマ性を模索するのは可能なはずなので、単純に実力不足だとも感じる。
 終盤の広島旅行において原爆や平和記念などに触れる辺りは重さとしてのファッション、『傲慢と善良』に感じた災害のファッション性を感じる。下手でもないが、『空飛ぶ広報室』に見た創作的な意志の強さや責任感を感じるまでには至らない。
 多くは散漫で不足。ただ本作は2014年、デビュー5年目、まだまだの時期だと考えられる。直木賞をとるまで燻っていた印象は、あながち間違いでもないのかと思う。

「傲慢と善良」辻村深月
発売から2年近く経過してオリコン文庫ランキング20位、周りは勿論今年発売の文庫たち。 週間4,599部売れてるんだから凄い。 9月に映画上映も決まっており、また売れるでしょうね。

著者らしさは一つも入ってない『クローゼット』(2018) 


 内気でトラウマがある守りたくなるヒロイン、その子を守る超絶美人だが貰われっ子の感慨も見える女友達、スカートをはきたがる中性的な嗜好の男性主人公、それらを結びつける現代デパート、彼らが働くことになる閉じられた美術館。おしゃべり妖精的な三人の針子風補修士、口と性格が悪い軽薄アフロ、有名で含蓄的なカメラマン等、いくらでも映像作品化できる分かり易い素材を集めていて、豪華な小道具の類も映像映えするし、その根本にあるのは幼少期のトラウマ、子供時代の可愛らしさから暗転の事件性、とてもプロット的な分かり易さがあるが、虚構的な魅力の濃さという意味では著者の作品としては微妙で、それは現代性を理由に超えられるものではなくて、冷静に著者が入れ込んだ跡が感じられない。解説や巻末資料として取材協力者との対話などもあるが、そんな付属には逃げずに作品世界観を濃密にすること、あるいは創作性にこだわる威力を見せてほしい。

 主要人物の三人がそれぞれのトラウマを抱えているがどれもを確かな消化をしていないし、明快軽薄な設定素材の割に盛り上がりにも欠け、落着は安易。著者らしさを私がまだつかめていないのだとしても、魅力らしい魅力の一つも入っていないのは大問題で、現代小説の薄さ267ページの中編というなら、やはり現代小説は薄弱でとりとめもなく、読むに値する作品は無い不安がよぎる。
 ファッション題材としては、コルセットの実用や歴史部分が場面としても生きていたが、それ以外は特に何も感じず。イブ・サンローランのモンドリアンや、主要人物の一人が自身の境遇と重ねながらココ・シャネルの関連書籍を眺めてシャネルの生きた時代の女性像と確信に触れる場面では、映画『ココ・アヴァン・シャネル』を思い出したりしたが、全体的にその程度。ファッションはモチーフやテーマとしてはだいぶ書き応えも読み応えもある題材のはずだし、ファッションと女性の解放、あるいはジェンダーの自由や、時代や文化の発展性や流動などはテーマにいくらでも絡ませられるものだと思うが、そうした理知感はついぞ感じなかったか。巻末の対談を見るかぎりに傷や解放がモチーフだったらしいが、著者が書きたかった作品像もおぼろげなものを書いた上で、よく言葉でモチーフを語れたな、と思えたくらい。

【映画】彼女の前と後の女性たち「ココ・アヴァン・シャネル」80点
(2009) 本作はあまりにも有名な女性の半生を映画化した1つ。 彼女がブランドを起こして成功するあたりのサクセスは描かれないので、それを期待して観るとがっかりするか。ただ、彼女が解放する前の女性たちはどのようなステレオタイプだったのか、当...

受賞作以上は無し!作者思索は進む

 実際問題は、商業的にも続編が出ている『透明な夜の香り』を読むべきだと思うのだけれど、”天才調香師”という言葉がもう恥ずかしすぎて読む気にはなれない、天才が許せるのは山師まで。香りや植物といった要素、一般性ではない職業や素養に関してはデビュー作・受賞作共に見受けられるので、そちらも著者の個性だとは思うが、現代を舞台に探偵の幼馴染とかの単語を出される厳しい。ただ売れているのなら素晴らしいので、それはそれでぜひ突き進んでほしい。
 解説は小川洋子さんらしく「言葉の意味を超えて、嗅覚が際立つという稀有な体験をさせてくれる小説である」という言葉をWEBで見つける。恩田陸さんの受賞作は文芸で音楽を表現したらしいと外側に聞いたことがあるが、文芸が異なる何かを呼び起こすその五感的な要素がはやっているのかな、立体感を呼び起こしてほしい感じは受ける。
 エッセイと短篇集も読むべきだとは思うが、ともあれもう著者お腹いっぱいなのでまた今度。

 現代的な作品だと感じるものを3冊読んで、著作列の中からデビュー作+受賞作以外の魅力と価値を探してみることにした本記事だが、見事に撃墜。現代現実の作品を書けるという証明をすることは良いことだと思うが、著者しか書けないものが書けているかと言われると3作とも難しい。
 適切な設定と展開で破綻なく書けるのは分かった、でもその一定以上を書けるだけにどれだけの価値があるかと言われると疑問。受賞作のストレート勝ちや成長性は素晴らしい、今後はそれ以上の発展性もしくは他の作品性や現代現実的な作品の模索になると思うし、自分の作風と作品の残し方、そのあたりに課題と本質がある。

(2009)『魚神』    小説すばる新人賞受賞、泉鏡花文学賞受賞
(2014)『男ともだち』 直木賞候補、吉川英治文学新人賞候補
(2018)『クローゼット』
(2022)『しろがねの葉』第168回直木三十五賞受賞
(2024)『雷と走る』  中篇

 今回著作列から抜粋してこれだけ読んだが、当たりはずれがあるので読書の難しさを感じる。
 逆に言えば現在最高傑作の『しろがねの葉』を今回読めてよかったし、それに受賞させた直木賞は素晴らしい役割を果たしたと言える。それ以前の作品が見劣りして見えるのは成長性としてはどうしようもないにしろ、その後2024年の『雷と走る』の出来だけは許せない。成長した後は多様や挑戦以外は落胆だろう。
 今回5作品を続けて読んだが、意外と著者は他者による肯定の言葉や関係を求めていて、それによる主人公のメンタルやプロット上の落着を持つことが多い所がご都合設定に繋がっており、どのような誰にどのような言葉をもらいどのような関係を持つのかに終始していて、それにより補強しているプロット性はただの女性らしさと感じたりもした。やはり女性的な女性性を描く女性的な作家という感覚はぬぐえないし、特化するならそれでも良いと感じる。
 作家が現代で商業的にも本質的にも成功することが難しいのは言わずもがな、そこを器用に戦略的に渡って行けるのはそれだけで難易度だし素晴らしいことだと思うが、どちらにせよ威力と魅力が大事。食べていける現実の上で、あとはもう作品の精度でしかないのだと改めて感じた。
 直木賞受賞まで燻り続けた印象、受賞作の素晴らしさ、成長、今のところそれに尽きる。

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