【批評】過酷な農場暮らしが見せる夢「ビッグ・リトル・ファーム理想の暮らしのつくり方」55点- おひさまの図書館

（2018）
アメリカのドキュメンタリー映画。
　ある夫婦が殺処分寸前の黒犬を引き取った。けれど黒犬は二人が働きに外出している間吠え続け、それが問題で夫婦はアパートを追い出されてしまう。それをきっかけに、二人はかねてから妻が希望していた「あらゆる食物を自分の手で作りたい」という農業への志向をスタートさせることにする。
　ロサンゼルスから車で1時間ほどの所にある200エーカー（東京ドーム17個分）もの荒れ果てた農地を購入し、そこに移り住み、土からよみがえらせ、動物を増やし、草木を植え、農作や酪農に励む。その中で見えてくる生命や地球の循環、動物と植物の関わり、人間と人間以外の大きな力の差や関連の細かさを通し、見えてくるテーマをフィルムに納め、言葉を添えた。

　私は創作性による完成度や作品性への好意が強く、ドキュメンタリーへの関心は低いのだが、本作の取り上げる題材は農業や酪農で、個人的に興味があるので楽しく見始めた。
　予算額はつかめなかったが低予算のはずで、それを補うために、序盤の展開や空想の様を楽しく可愛くイラスト・アニメーションにて表現しているところは上手かったし、これは遊び心もある作品なんだろうな、と期待して観られた。
　
　家畜を揃え、糞を肥料に、土をよみがえらせていく。農場のヒロインみたいな母親ブタは17匹も生んだし、50パックの卵が飛ぶように売れて、一番の人気商品。と明るい滑り出しをするのだが、一気に暗転する。野生のコヨーテに襲われる鶏、子を17匹産んだブタが病気になる。けがをして安楽死させてやることになる仔ヤギ、野鳥に襲われ傷物になる果樹園、カタツムリの大量発生で葉が食べられ収穫量が減少。
　母親を失った仔山羊は可哀相だし、子ブタたちは大きくなれば出荷され、母親ブタだけ残されまた次の妊娠に励み、農場を干ばつが襲う。数々の初の出来事に直面し、その都度夫婦や、その計画に参加した面々は困惑し、悲哀を抱えながらも試行錯誤しながら改善を重ねていくが、人の手でどうにかなる問題と、諦めかけた時に自然界がどうにかしてくれた問題とに分岐しながらも、農場は経過をしていく。

　カモがカタツムリを食べ、糞をして果樹園が豊かになり、牛や羊の糞で発生するハエが蛆虫を産むが、チキンが土の中のそれを食べる。農場の大事な卵を産むチキンを殺しまくるコヨーテ、難敵を追い払ったのは犬。しかしブタのパートナーのチキンを殺したのも犬。
　7年もすれば世界構築は済んで外界からも変化が加わり、突如ファームが循環していく。
　果樹を食べる鳥を食べるさらに大きな野鳥の飛来、果樹の葉を食べるアブラムシを食べるテントウムシ。ホリネズミは穴を掘って、適度であれば土に空気を送るが、気の根も食べたりする。犬によりチキンを襲えなくなったコヨーテはホリネズミを食べるが、ネズミの数が多すぎて駆逐できない所に、アナグマ、イタチ、蛇などが、ホリネズミを食べ始める。
　農業と生物の循環、小さな地球を作る、箱庭実験。どんなシステムによりこの地球や命、生物や作物が成り立っているのか。そんな地球に比べたら、小さな土地と短い期間の8年で観測した記録。それはある意味で作品的で、圧縮され、ドラマの抽出もあるし撮り方も工夫されていて、鑑賞に足る。
　その土地の循環から見える地球の成り立ちを「完璧」と称していたが、それ以外は存在しないから比較対象はないのだが、無事に成り立つ均衡は悪くない感じがする。現在や現実が満ち足りていると実感して認めることの価値はある。

　しかしもちろん虚構創作とは違うので、盛り上がりや見せ方などは意識されてはおらず、本作が注目している作為性とは現実そのものの奇跡的な成り立ちのことであり、それを見せる意味での工夫はもう少しされても良かったかなと思うが、そこがドキュメンタリー映画と虚構娯楽作品との違いと言われたらそうなので、それ以上の言及は出来ない。意外な題材を面白く鑑賞できた意味では楽しかったが、この題材に興味がある人に面白く鑑賞できますと全力でおすすめ出来るわけでもないので、映画作品としてはどうしてもこのくらいの評価。ドキュメンタリーになじみがない自分に新しい印象をくれた一作。

　安心の農作物を自分の手で作りたい、その最初の夢から大きく広がり、作り上げてしまった広大な一つの世界には、浪漫の成果と確かな現実の息吹がある。面白い実験、悲しくも辛く、楽しく鑑賞した。